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宗教観

各自に自分の理想とする自分像があると思います.それが各自に存在する神であり.その人間()像を具体的に思い描いて,それに近づこうと努力します.でも永遠に達成されません.その努力を続けるのが人生で,人間性を高め続けなければなりません.それが最後には,死となりお迎えが来るときまで続きます.死は努力をした最後のご褒美と捉えています.

人間は完璧じゃないから,些細なことに腹を立てたり,失敗したり,欲を持ったりしている訳です.完璧じゃないのが人間の証拠で,自分の描く完璧な人間()になろうと日々努力するのが人生です.失敗しても嘆く必要はありません,

妻に宗教を持つことは禁止され,20067月現在,僕は無宗教です.各自に宿る神というものを信じ,そのお陰で天文学的確率の偶然でしか存在し得ない現在の自分があると思うようにしています.その神は各自に存在し,毎日何かを教えようと僕らに何かの試練を与えています.完璧でない僕たちがその中から何かを学び,その神の存在に近づくように促しているのだと思うようにしています.完璧な自分()を目指して,それを体現し周囲に感謝し幸せにしてあげてください.

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死を身近に感じること

死を身近に感じろというと,negativeに感じるかもしれない.

医師としてあえて言いますが,「あなたは必ず・絶対に死にます」.少しゾクっとしただろうか?そう感じて頂ければ本望です.

それでは死を感じて,あなたの人生はどうでしたか?自分に問い掛けて下さい.あれもしたい,これもしたいとか浮かんできましたか,あの人にもっと感謝の気持ちを伝えておけば良かったとか思いますか?そう思うことがあれば,早速それを達成するには今から何をすべきか考えて少しずつ実行してください.

多くの人は,死ぬ間際になって人間の生命に限りがあることを悟り,人生を見つめなおします.死が間近に近づく前に,死というものを身近に感じて後悔無く過ごせるかが人生を充実させる秘訣です.全ての人に平等に与えられている機会,「生」と「死」,あたりまえですがあなたにも与えられています.

ほとんどの人が病院で死に,日本人は皆,生活の中に人の死というものを感じる機会が減りました.しかも,日本人の無宗教という特性から,死はすなわち物質的にいなくなることでnegativeにのみ捉えるという傾向があり,それについて考えることを避けています.宗教を持っている人は,死は次の新たなスタートとpositiveに捉えられます.いつかは来る「死」を身近に感じpositiveに捉えながら,日常の「生」を充実させましょう.

死に焦点をあてることで,対照的に生が光輝くものになるはずです.あなたの生を輝くものにしてあげて下さい.

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優先順位

優先順位の項目・順位の違いが人間の価値観の多様性である.遺伝子の少しの違い・量の違いが生物の多様性を作るように,優先順位の項目・数・順位が価値観の多様性を生んでいる.夫婦・人間関係で価値観が同じ方がいいとか違う方がいいと言われるが,物事を一緒に進めるには似たものでないといけない(全く同一にはなりえないことは念頭に..)

人間関係で揉め事が起きた場合には,互いの優先順位・項目を確認して解決する.共通に存在する優先順位の高い目標を確認して,お互いにそれを達成するにはどうするか考える.例えば,夫婦で起きている問題が,結婚生活を壊してまで行う必要があるのかを考える.互いの共通の優先項目を見出し,その項目を達成するにはどうすることが最善か考える.

あらゆる状況は捉え方により良くも悪くも感じることができ、常に良く感じることにより自分自身が幸せと感じること。その幸せは、周囲の人により、もたらされたものである。それを感謝することで、周囲の人に幸せを分配すること。

このことを基本に僕の優先順位は,

決して人を騙さず、良心に従い行動

これが目的・人生のうえで大事な大義名分である。常に人生は選択枝の連続である。その選択したことを遂行する上で、自分がやっていることに間違いはないという強い信念を裏付け、強い原動力となる。

家族を幸せにすること

人間関係の最小単位である。何が幸せと定義するかは難しい中で、飲み食いに困らず能力を伸ばしていける環境を提供することが重要である。

家族の中でも妻に幸せを感じてもらうことが重要である。子供をケアする母親が、幸せでない限り家族に幸せはもたらされない。

小さい子供は純粋である。目の前に空腹を癒せるものと母親の愛情があるだけで、幸せと感じてくれる。自分と似た価値観(いろんな状況に幸せを感じてくれる)を持つ妻を持つことが重要である。その場合に、あくまで似た価値観であり、同じ価値観ではないということを理解すること。妻も一人の人間として、唯一無二の存在であり、決して自分の価値観と同じにはならない。

経済的余裕を持つこと

衣食足りて礼節を知る。幸せの基本である食をまかなう為に、食うに困らない生活は必要である。

生命は有限である.生きている間にできることは限られている.人間の欲に限りがないため,やりたいことを全てできる人はいない.欲がなくなれば,無気力になり生きることができない(自殺してしまう人が多い).自分の中で,優先すること()を列挙して,そのために今何をするべきか考えてみよう.

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判断に迷うとき

人生は,いろんな選択の連続である.今この瞬間も,読者はこの記事を読む読まないという選択の中から,読む選択をしている.
そして中には必ずどちらの選択をするか迷うことがある.その際の判断材料について以下に述べる.
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決して人を騙さず、良心に従い行動すること。
大義名分は、目的を達成するための強い遂行力(強い信念)となる。自分の行動に汚点がある場合は、それだけ遂行力を弱めてしまう。何をするにも必ず問題が起きる,それを乗り越えるには強い遂行力が必要である.決めた行動は頑なに実行する.Be stubborn!!

周囲に意見を言われて判断に迷うことがある.特に信頼する人物からの意見の場合には大きな影響を受ける.ただ,周囲の人々は,例え信頼・尊敬するであっても責任を取れない.意見を参考にしても,決断を他人に任せることはしない.自分の取った行動の責任は,自分自身でとるしかない.決して他意に賛同して取った行動の責任を,他者になすりつけない.他人が判断したように見えても,実は同時に自分はその意見に同意するという決断をしている.その結果責任を持たなければならない.

自分の中で優先順位を整理し、優先順位の高いものに重きを置いて判断すること。優先順位の項目,順位の違いが人間の多様性である.ある人はお金が1番であったり,ある人はそれが5番目ぐらいに位置する.限られた人生の中で出来る事は限られており,何かを取れば,何かを諦めないといけないことがある.そこで優先順位の高いもの同士が,ぶつかると葛藤が生じる.優先順位が高いもの同士でも,必ず順位をつけて,迷う際には高いものに従う.優先順位をつけられないのは,恋愛関係の二股のようなものである.あの人(A)が良い,あの人(B)も良いといってどちらか選べずに二股を掛けていれば,何れどちらかもしくは両方に愛想をつかされるてしまい.どちらも手に入らない.

漠然とした不安に襲われるときは,何を不安に思っているのか分析する.その不安は何に起因するのかが解れば,その不安に思っていることが起きた場合に何に困るのか考える.実際はそんなに対して困ることではないことが多い.命さえあれば,やり直しはできる.

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この記事は,ココログで7/12の自動公開設定にしていたところ,メンテナンス・障害で記事が消えてしまった..今回再度入力..トホホ

筆不精の僕にはきつい...お金を出して使っているサービスなのにもう少し安定させて欲しいものである...よろしく@nifty様.

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信念

常に選択理論に則った思考をする。

選択理論の実践だけでは、単にその場の人間関係を問題なく過ごしていくのみに終始する場合がある。大洋で波に揉まれながら浮かぶ小船に同じ(ただ波の動きに任せて流れていくのみ)
目的の大義名分を考えそれを達成するために、小さな目標(通過点)を作り着実に進んで行くことが必要である。大洋に浮かぶ小船が波に揉まれながら着実に一つの目的地に進んで行くかの如く。

常にあらゆる能力を伸ばして行くことを考える。

人の数だけ価値観があり、絶対的な善・絶対的な悪というのは存在しない。「常に柔軟性を持ち、絶対こうでないといけないという価値観を持たない」という価値観(絶対的なものはないという価値観)である。環境によりいかに自分の価値観を変えられるかが、強い生命力を持った人間である。

人間は自分の理想像(価値観)に近づくように行動する。そして人の数だけ価値観があり、それだけ人の行動は多様である。

変えられるものは、自分の考え方と行動のみ。決して、他人を変えようとしない。他人に提供できるのは助言・情報のみ、それ以上に相手の考え・行動を変えようとした場合は人間関係の悪化を招く。

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以前,書き留めていたメモのコピーである.ばらばらに書き留めている覚書をまとめようと思っていながら,まとめていない.自分で勝手に理由を作って,怠慢でしてないだけだが..毎日ブログを更新するという単純な作業も定期的に続けるというのは大変な作業である.こういったことがきちんとできない自分の未熟さを感じる.

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キーワード

人生を豊かにするキーワードとしては限りがなく,重なる部分がある.ただ,あえて挙げるなら...

選択理論:
変えられるものと変えられないものの区別をつける.自分の考え方と行動のみ変えることができて,感情(喜怒哀楽)はそれに付随するもの.他者を変えようとすることは人間関係を壊すことに繋がる.困難にぶつかったときに,構成する事象のうち変えられるものと変えられないものを区別を早くつけて行動に移すことが大事である.

同じ価値観はない:
全ての人は違う価値観をもち,似た価値観(常識)はあっても全く同じものは存在しない→自分という存在は唯一であることに通じる

自立:
自分で選択し,自分でその結果責任を持つ

共依存を避ける(自分の価値観を押し付けない):
自分が居なければその人はやっていけないなどという考えを捨てる.他人を無理にコントロールすることになり,他者の自立を妨げている.冷たい話だが「氣づき」(情報)を提供する以外に他者にはできない.人間は裸で生まれて,裸で死んでいく.悲しいかな人間は非常に孤独な生き物である.

一番難しい敵・友は自分自身:
全ては自分の選択の結果であり,一見簡単そうに思える自己管理が一番難しいと悟る.まして他人を管理するということは不可能であることに気づく.その難しい自己管理を,向上する努力を一生続けていくのが人生である.

自己の確立と感謝:
全く同じ価値観というものは存在しないこと,自分が偶然の存在ではなく必然と知覚し,何か大きな力(神様のようなもの)を感じる.自分の存在に高慢になることなく,その大きな力に感謝しながら周囲に幸せを分配する.

幸せは自分で決める:
他人が提供するものではなく,自分で提供するものである.あの人が悪い・どうするから自分が不幸せであると思う限り,自分の幸せはやってこない.

動物と人間の違いに気づく:
人間を含めた全ての動物の行動は,自分の幸せの追求をしているだけである.非常に利己的なものである.どんな献身的な行動も,そうすることで自分が幸せに感じる行動をとっているだけである.ヒットラーもマザーテレサも根本行動機序は同じである.自分の幸せを追求し,それを周囲に分配(愛)できるのが人間である.周囲に分配できないのは,単なる動物である.周囲に分配できる(愛を提供する)ことが人間である特別の理由である.

...などなど,上記を念頭に記事を読んでいって頂き,周囲に感謝しながら自立した自分を確立して頂ければと思う.

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ブログ再開の目的

おこがましいが,僕自身,現在の若さ(?)である程度物事を達観(60-70歳相当?)させてもらえていると感じている.僕の性格・考え方でよくもこんな精神状態まで至れたと,世の中の偶然というか必然に感謝している.
そして現在の最大の関心事は自分が死んだ後に残される特に子供たちのことである.特に長男は僕の性格を多分に引継ぎ,途中自分の道を見失ったりしないかという不安がある.自分の家族が,僕がもしいない状況でも,愛を感じて各自の生まれてきた必然を感じていかなる状況も生き抜いていく生きる力をつけてもらいたいと思っている.以前から,その一助としてインターネット上にでも僕の考え方・捉え方を残したいと考え,幾分かファイルに残していた.いずれ将来にきちんとまとめて残したいと思っていたが,先日ある人のブログ記事を見てから,まとめなくてもその悩み・気づきの過程を記録しておくことに意味があると思えてきた.どこまで続けられるかわからないが,少しずつ自分の気付き・成長の過程を記録していきたいと思う.これが家族のみでなく,他の方々の何か気付きの一助になり社会全体がよりよいものとなることも願っている.

このブログのタイトルは「家庭の医学」で全くこの内容と異なると感じるかもしれない.でも日常診療で,精神的ストレスから来る病気はその施設の特性にもよるが5-6割ぐらいを占める一般的なものである.頭痛(筋緊張性頭痛・偏頭痛),胃炎,心臓神経症,過敏性腸炎(下痢・便秘),めまい,耳鳴,肩こり,慢性疲労etc.ときりがない.そしてこれらの診断は,検査をしても異常がないことを確認して下される.「検査をしてもなにも異常がありません,精神的なものでしょう」である.非常に多くの医療資源が異常がないことの確認に行われ無駄使いとなっている.このあたりも,いずれまとめて一般向けに書きたいと思っていた部分である.結局はこういった症状も,頭痛薬・下痢止めなどを使うのではなく,根本の日頃の物事の捉え方を変えていくことしなければならない.人生観を参考にして頂いて,より各自が自立した幸せな人々になって頂きたいと思う.

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どんなに辛いことがあっても、自然に咲く花を美しいと思える心があれば、人間は生きていける

■愛

最近blogを見始めて,平石さんの人間性の崇高さを感じさせて頂いています.
何か解りませんが,琴線に触れるものを感じ思わずコメントさせて頂いています.
結局,実の母でなくても愛を感じられるのが大事なんだと思います.親子関係・会社での人間関係・夫婦関係...どれも愛を感じ感謝する関係が良い状況なんでしょうね.
養 母様の言葉は思わずハッとさせられました.忙しく生活しているなかで,何気なく咲いている花を美しいと感じれなくなっている自分に気付かされました.何気 ない花が咲いていることに感謝し,それをゆっくり美しいと感じれる自分はいろんな人のお陰で今があるのだと気付かせてくれます.
強い自己を保とうとして,愛を感じ感謝する心を忘れがちになっている自分に響きました.今の世の中,強い自己を持たないと前に進めませんが,人に感謝(愛)することを忘れると動物(自分のことしか考えない)と同じですよね.....自嘲を込めて..

■Re: Kさん コメントありがとうございます

そうですよね.完璧なのは神様のみ,完璧じゃないから人間で,ずーっと神様みたいな完璧な人間になろうと努力・学習していくのが人生ですよね.
人間は,生まれながらにして罪人である(?)とかいうキリスト教の教え(?)って良く言ったものですね....ちなみに僕はキリスト教徒ではありません...興味はあっても嫁さんに反対されてます.(笑い)
それではおやすみなさい.これからもBlog楽しみにしております.

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認知療法

今日のBlogのタイトルを見てびっくりしてしまいました.記事に取り上げてもらえるとは思っていませんでしたので..まず,覚えていて頂いた上に記事に取り上げて頂いてありがとうございます.

ただ,平石さんの場合は変えられるものと変えられないものの区別はすでにご存知だったようで僕の取り越し苦労のようでした.:-)
僕は職業上カウンセリングまがいのことをすることがあり,多くの人が区別が付かずに困っているのを見ています.ついでに頭で解っていても,自分自身も区別が付かなくなることがあり困りますが..:-)

成 功哲学・カウンセリングは,negativeに知覚されがちな世界をpositiveに認識されるように促す作業です.こういった作業を医学の世界で認知 療法と呼び,その一つとして選択理論という方法があります.変えられるもの変えられないものの話に興味があれば,一般向けの本がAmazonなどで検索す ると見つかると思いますので御参照ください.
これからも平石さんのBlogで気付きを促してもらい,幸せを増幅させたいと思っています.
昼休みを過ぎてしまいましたので取り急ぎ失礼します.

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変えられるものと変えられないもの

いつもROMさせて頂いています.この頃のコメントの内容,頭痛の症状などから,だいぶ子育て・仕事いろいろなところから疲れが溜まっておられるように察しますが如何ですか?:-)

自分の周囲の環境で,変えられることと変えられないことの区別がつかなくなり,変えられないことを変えようとしているときにストレスが大きくなります.
変 えられるものは,自分の考え方(物事の捉え方)と行動のみです.自分の感情(喜怒哀楽)は,それに伴って変化するものです.他人は直接変えられないものの 典型で,自分たちは情報(気づき)を提供する以外は何もできません.変えられない他人(子供・妻・同僚・部下etc)を無理に変えようとする時には,大き な問題(喧嘩・口論・戦争)が起こります.無理に変えようとして,多少とも他人が変わることがあるため他人を変えられるという錯覚に陥ります.
平石さんの今面している問題が何か判りませんが,多くの人が壁にぶち当たる時は一般に何か変えられないものを無理に変えようとして夢を持ちにくくなっている時です.

自 分の今ある環境・存在の偶発性に身がすくむことがありますが,それを単なる天文学的な偶然の結果と認識すれば次の一歩に不安が増します.反対に何か大きな 存在(神)による必然だと感じると,守られている気がしてしっかりした次の一歩が刻めます.平石さんの今まで超えてきた大きな困難(山)を考えると,これ から遭遇する困難はどれも小さな山ぐらいと察します.人生という長い旅には必ず一休み・時に回り道があります.一休みは,次のしっかりした一歩を踏み出す には必要かと察します.
僕の勝手な杞憂かもしれませんが,迷いからさらなる自信に満ちた一歩を願い,自嘲を込めて..

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7/7のコメント

Kです.ひとつのTurning Pointの御手伝いが出来たようで光栄です.

記事の中にあるドリームビジョンのホームページなのですが,小生の環境では閲覧できません.小生は現在,中国に在住ですが,特定のサイトは見ることができません.当局が規制しているためとの噂ですが,Google,軍関係のサイトなどが接続できなくなっています.貴社のホームページは何らかの理由で規制対象になっている可能性はないでしょうか?

自由と思われるインターネットも,当局に不都合な情報はサイトの存在自体がわからないようにされています.中国の一般国民がそれをどれだけ知っているかも不明です.一見,何気なく得ている自由・社会保障・治安というのは,先人たちの努力の賜物と気づかされます.

基本的に筆不精の小生ですが,これからは平石さんを見習ってブログを書いて行こうと思います.

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Re: 感謝(7/5のコメント)

感謝

平石さん・Satoさん,コメントに共感していただいてありがとうございます.

先のコメントで本の紹介をしようとして言葉足らずでした.グラッサー博士の選択理論という本です.僕にとって認知療法の中で,選択理論が一番判りやすかったです.

世の中にはいろんな本・いろんな意見があり,無意識のうちに取捨選択して知覚されます.同じ本を読んでも,その時の状況により共感する内容が違います.僕のコメントに共感されたというのは,今何かの問題に直面しその知識・考え方を必要としているときかと察します.先に紹介した本は何でもない時に読むには眠くなるかと思いますが,問題などに直面している際には読み進めるのではないかと思います.

すべての困難は一見大きく大変です.ただそれを構成するひとつひとつの小さな問題は処理しやすいもので,実はたいした問題じゃないことを大きく知覚されているに過ぎないことが多々あります.ヘコたれそうな時には,今まで乗り越えた山を見たり,これを越えた後の幸せを想像したり,たまに休んだりしながら自分の夢(希望・目標)を持ち続けゆっくり確実に進んでいきましょう.

周囲から批判されても,自分の心に正直に正しいことと思うなら構わず進みましょう.人の数だけ価値観があり,それだけ状況の解釈に多様性があり必ず否定的な意見も存在します.何をするにしても,必ず困難と認識される事象が起こります.そこで,人を騙さず感謝しながら,社会・家族のために正しいと思うことをしているという大義名分が自分の中にある場合には,そこで踏ん張りながら進んでいける力が沸きます.一見他人に問題が存在すると思ったことが,変えられない他人を無理に変えようとしていた自分自身にあり,自分をコントロールすることが一番の問題だと認識されるとしめたものです.一番変えやすく,でも一番管理しにくいのが自分自身です.各自に存在する偉大な自分自身をコントロールして,最大限の力を引き出してあげて下さい.Awaken the giant within!! ←アンソニーロビンスの言葉

平石さん・Satoさん・読者の皆さんに感謝しながら,それぞれの更なる人間性の確立・幸せの増幅を願い,特に平石さんの人間性が社会全体を変えていく力になっていくことを願っております.

p.s. 平石さんのBlogの趣旨からすると,僕も実名を公表した方が良いのですが匿名のままにさせてください.今回は作りかけて途中で止まっているブログから初めてのトラックバックを試みます.

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