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「すべて」を受け入れる2

自分の負の部分を受け入れた人間は強い.

自分の弱い部分を受け入れない場合は,それに触れられそうになると精神的に動揺する.それを隠そうと強がったり,そんなことはないと怒って拒否するのである.特に完璧を目指す人間であればある程,不完全である自分を頑なに拒否して動揺する.

逆に自分の弱い部分を受け入れている人間は,触れられても動揺しなくなる.不完全である自分を隠す必要が無くなり,自然体で物事を進められる.ある意味,開き直りは重要である.

仕事・家庭などの場面で,自分の負の部分を含めて全てを受け入れることが精神的成長に重要だが,一つの典型的な例を出そう.

癌の告知である.あくまで個々の差があることは念頭に置き一般論として述べる.癌を告知された人間と,癌を告知されていない人間で,どちらが治療に前向きであろうか?

それは告知されている人間である.最初は自分が癌であることに,悲しみに暮れたり,場合によっては怒る人もいる.「自分が何を悪いことをしたんだ,どうして自分にこんなことが降りかかってくるんだ」と不合理な突然の不幸を拒絶反応を示す.だが,次第に現実を受け入れ,治療に前向きに取り組み始める.このまま受け入れずに放置しても,癌が進行して寿命が縮むだけと理解して,合理的に考えて治療に望むのである.開き直って陽気に苦しい治療を受けていくのである.完治ができず死が迫ったときにも,自分の死を受けいれることもスムーズである.家族にもよく頑張ったと慕われ,非常に安らかな死を迎えて行く.

逆に告知されていない人間はどうか? 癌ではないが治療が必要ですとお茶を濁すような説明をして,治療を受けていっても,抗癌剤などの苦しい治療に常に逃げがちである.「なんでこんなに苦しい治療をしなければならないのか」と愚痴を溢し,治療から逃げようとする.他の癌患者と同じ治療が行われてなんとなく自分が癌ではないかと思っても,いろいろと理由を付けて自分は癌じゃないと逃避する.死期が迫ったときでさえも,それからも現実逃避しようとする.場合によっては,家族にも「やれやれやっといなくなってくれる」と思われ死を迎える.

これは病気の癌の話だが,癌ではない全ての人にあてはまることである.自分の受け入れたくない事実・状況()を常に否認して逃げつづける人は,あれこれ理由を付けて常に逃げてしまう.大事なことはそれを認めて,前に進むことである.それが除去できるものなら,そのために何をすべきかを考え.除去できないものなら共存状態を模索する.全てを受け入れて,前に進む習慣を身に付けたい.

自分の死期を悟り,自分が極限まで追い込まれた人間の,否応なしの決断はこの上ない遂行力がある.自分の中の癌(悪い習性)に飲み込まれることなく,各自に眠る偉大な力を引き出して行きたい.

現実を受け入れ,活き活きとした人生を送り,周囲・家族によく頑張ったと慕われて最後を迎える.もしくは,常に現実を逃避して,周囲・家族にやっと居なくなったと思われて最後を迎える.どちらが良いかと改めて気付く.

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今の日本に生きること

今の日本に生きることは,広大な土地を支配した何百年前の中国の皇帝より幸せな生活だと感じさせられる.

北京にSummer Palace(世界遺産?)という昔の中国皇帝が作った広大な避暑地がある.心地よく冷たい風が敷地全体に吹き過ごしやすいところである.皇帝の住んでいた胡宮(世界遺産)は,広大な土地を壁で閉ざされ同じ風景が続く.観光に訪れるのは良いが,ここでずっと住みたいとは思えない.ただ莫大な費用をかけて作っても,現代の冷暖房を程よく効かせた部屋に比べると快適さは劣り,車に乗って快適に自由に移動できる現代の方が自分にはあっている.少しお金を出せば,おいしく調理された食事が手に入る.現代の日本人は,昔の殿様・皇帝より快適な生活を送っていると気付かされる.

生きて行くのにお金は大事である.でもそれは一番ではない.中国に来れば,物価・人件費が安くいきなり資産・收入が8倍になった生活を送れる.100(1500)1万円ぐらいの感覚で生活ができ,ショッピング街が近くにありプール・ジム・広い中庭が完備された180平米もある高層マンションに住める(日本の六本木ヒルズに住むとこんな感覚だろうか..).そこで何を思うか,それは人生お金じゃないということである.お金はあっても,言葉は通じない,ちょっとした買い物は常にダマされてないか警戒しないといけない,病気になっても医療水準が怪しい,Internet・メディアの情報は規制される.少々狭くても,言葉が通じて,ダマされる心配も無く,病気になっても安心してかかれる医療環境がある日本が住みやすいのである.日本以外の世界に目を向けると,その日本は稀有な国であることに気付かされる.何気なく過ごしている平和は,タダではないのである.いろんな人のお陰である.

先進国アメリカの台風カトリーナの災害を覚えているだろうか? アメリカでは災害が起きるとそれにあわせて略奪が大きな問題となる.日本はどうだろうか?,新潟・神戸の地震で略奪が大きな問題にはならなかった(ちんけな泥棒が問題にはなっていたようだが..).この違いを考えるに,日本人のモラルの高さである.常に相手のことを気配りする文化である.和を大切にする社会である.日本に居れば当然のことだが,世界に目を向けると稀有な考え方である.昨今の勝ち組・負け組という考え方は危険である.すべてを弱肉強食の発想で片付けてしまえば,やがて社会はすさむ.衣食足りて礼節を知る.最低限の生活が営めなければ,モラルも無くなる.ごく一部の人間が富を占有しても,安心してかかれる医療・治安などの社会基盤が崩壊すればもともこもない.南アフリカのように,金持ちが極限られた安全な場所にだけ住み,人口の8割がAIDSに罹患している地域で子供を安心して育てられるだろうか? 自分に関係ないと思って金持ちになっても,自分と家族が安全に住める場所がなければ意味がない.貧困は,平和を壊し,伝染病を蔓延させる.いくら安全に暮らしていると思っても,結核・AIDSなどの感染症が流行していれば自分や家族もいずれ罹患する可能性がある.大阪の尼崎が世界最悪の結核流行地域と批判されているようだが...日本全体がそうならないことを切に願う.

利益は専有するものではなく,共有するものである.一人で生きているのではなく,共生である.共有・共生できる者が繁栄する.これが自然界の法則で,人間の繁栄・日本の繁栄に裏付けられていると感じる.

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リスクゼロの投資

リスクゼロの投資.こんなもの存在するかと思うかもしれない.それが存在するのである.金銭リスクはゼロ,利益は無限大であり期待値はプラス.

1. 見返りを求めず他人を信じること

あらゆる人を信じ,あらゆる困難は自分を成長させるためにあると信じることである.ただ,人に絶対に無くなっては困る金銭は渡さない.前に「信用・信頼の重要性」で述べた如く,信用・信頼ができると可能性が広がる.不信ができると,不幸に感じ人間関係が崩れていく.会社・上司が信頼できなければ,自分も信頼される可能性は低くなる.疑心暗鬼が生じて,あらゆることを悪く捉えてしまう.どんな言動も不信の目で見れば,限りが無い.逆に不信の目で見られ始めれても,限りがない.夫婦関係・恋人関係と同じである.相手が不倫・浮気をしていると言い始めれば限がないのである.残るものは不信から来る不幸のみ.逆に信じることで,相手にも信頼されるようになる.そのうちの何人かは,困ったときには助けてくれるような存在になってくれる.100人信頼して,10人自分を信頼してくれる存在を手に入れれば金銭リスクゼロで利益を得ている.信頼して裏切られても前向きにやっていける強い精神力があれば,生きている間チャンスはいくらでもやってくる.

2. 恥をかく事を恐れないこと

ついつい人目を気にして,恥ずかしいから何かするのを止めておこうと思いがちである.失敗する恥を恐れがちである.人からどう思われようが,結局本人が恥ずかしいと感じるかどうかである.例え恥ずかしいと思い・思われても,失うものは自分の作り上げた体裁だけである.偽りの建前(体裁)を守るより,新たな可能性に挑戦した方が利益が大きい.

上記はリスクはゼロであり,期待値はプラスとなっている.たまに大きな精神的痛手を負いながらも諦めずに,数を繰り返せば繰り返すほど,統計的にはプラスとなる.これをひたすら繰り返しているのが,世に言う成功者に多いと思われる.

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利益の占有と共有

たとえ話としてねずみがそれぞれ100匹の集団があるとしよう.

集団Aは,強い者がすべてを占有する社会である.早く餌を見つけ,他を殺せるものが生き残っていく.

集団Bは強いものが多くを得ながらも,共有する社会である.他のものも生きて行けるように分け前も与える.

さてそれぞれの集団どうなって行くだろうか? 

集団Aではやがて,上位5匹のみが生き残った.圧倒的に強いねずみも,あるとき調子の悪い時に餌にありつけず亡くなっていく.

集団Bでは病死を除いて90匹が生き残っている.強いネズミも弱いネズミも,餌の多い少ないはあっても生きている.

どちらの集団に属したいか?多くの人はBではないかと思う.

人間の世界も同じである.拝金主義で自分の利益を最大限主張する社会が集団Aであり.他もやっていけるようように全ての利益までは主張しないのが集団Bである.なにかの成果が挙がれば,その権利を全て主張したくなるかもしれない.主張しないと損していると感じるかもしれない.だが全ての利益を搾取しないことは,結局自分の利益に繋がっている.不当なまでに他人の利益を削って,自分の利益を主張することは結局自分の不利益になる.

現実の世界で考えると,集団Bのような高いモラルと和の精神で,類い稀な繁栄を築いたのが日本だと思う.日本が先進国として現在の世界での地位を築けたのは,偶然ではなく必然だと感じる.

会社は誰のものか..株主?,従業員?,社会? 
僕は従業員>社会>株主の順位で皆のものと思う.従業員が幸せを感じながら仕事ができて,その幸せを顧客(社会)へ提供し,株主に利益を還元する.この三者のうち,どこかが利益を占有し始めれば,やがてこの会社は崩壊する.それぞれの利益を共有することで永続することが可能となる.会社は株主のものだと主張しても,所詮株主は出資しているお金の損失以上の不利益は被らない.従業員はお金で計れない人生を掛けている.

日本・世界を動かす2割の人々へ,利益の共有は自分のためだと気付いて欲しい.

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