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経済談義1

金本位制(紙幣が一定の比率で金と交換できる)から分離された経済社会がはじまった時から、金融は信用により勝手に増殖して行く魔物(?)と変わっている。

金本位制では,金の生産・流通量以上の経済成長ができない.金本位制から切り離されると,信用次第で無限の成長する可能性を持つ.紙幣は単なる紙である、発行者である国が信用されることにより、単なる紙からお金にかわっているに過ぎない。そのお金は、国の決めた金利により勝手に増殖して行く手段を持ち、株式・債券・預金により勝手に増えて行くことに皆何の疑問も持ってないのである。世界の基軸通貨であるUSDは、年2-6%と勝手に誰かが決めた率で増えて行くのであるが、実際のお金は何の物理的活動はしてないのである。信用のみで、勝手に増えて行く能力をもたらされた。国がなくなれば、紙切れで、経済活動という幻想の上に勝手にお金が増えて行くという夢を皆が見ているのである。常にこのことを判った上で、人生・投資を行うことが重要と思う。アメリカの貿易・財政赤字,日本の国債発行,どちらもこのままではいつ国が破産するか解らない言われて数十年経つそうである.未だアメリカ・日本が信用に足る存在である間は破綻がないが,いつ世界恐慌が起きても生きていけるmentalityを保持してほしい。お金はそんな幻想の存在であり,自分の価値観の一番に据えてはいけない(人生の目的ではない),あくまで何かを達成するための手段(道具)に過ぎないという認識を忘れないで欲しい.

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コメント

途上国で生活しています。
日本へ輸出する前の商品がこちらの物価で売られているのを見て、貨幣価値に対する信頼を失いました。これまで貨幣価値は私の中では、あらゆるものへの大きな判断基準の一つでしたから、自分自身のアイデンティティが揺らぐというか、そんな気持ちになったりもしました。
こちらに来た当初、買い物をする時に値札を見て買うか買わないかの判断材料にする癖がなかなか抜けず、値札がなかったり法外な高値が書かれた値札を見てはストレスを感じていましたが、今頃になってやっと自分の目と必要性が購入の最大動機なんだとわかるようになり、自分の価値判断基準で値段を付けることができるようになり、たとえ市価よりも高い値段で買ったとしても「ぼられた」と思わなくて済むようになりました。
よく言えば順応。悪くいえば開き直りでしょうか。

日本は資源のない国なので、他国と上手に共存してこそ繁栄有りです。その物に対する希少価値と手間賃を払っているのかな?と思ったりして自分を納得させています。

投稿: rules | 2006年11月 7日 (火) 13時26分

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