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「比較→競争→焦り・嫉妬」2

なぜか古い記事に関わらずよく読まれている(?)記事がある.「比較→競争→焦り・嫉妬」の記事である.一体誰が読んでくれているのか解らないがこの話を少し発展させてみましょう.

そもそも,この最初の「比較」を生み出す原動力は何なのでしょうか?

これは何を隠そう,僕たち人間としての「欲」です.他者より有利でありたい・優れていたいという欲が,比較することを生み,自分の軸を揺るがし「焦り」を生んでいます.逆に言えば,この欲をうまく,制御できれば「焦り」もコントロールできます.

欲をかいていくと,結局は欲に溺れてしまうのです.それが「焦り」という心の信号を出しているのです.僕たちの一部に過ぎない欲が,結局僕たち全体を飲み込んでしまっているのです.

欲は人間の行動・成長の原動力として必要ですが,「焦り」を感じるときは欲が大きくなり過ぎていないか確認することを御勧めします.

欲に飲み込まれない自分の軸を確立しましょう.

問題がなければ,この記事が掲載される頃には僕はもう日本にいるはずです.これが中国で書く最後の記事です.中国で御世話になった方々ありがとうございました.本当に心から感謝しています.m(__)m

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怒のコントロール

感情の喜怒哀楽をうまく自分でコントロールできることは,幸せに不可欠と感じる.特に「怒」をうまく管理することが大事だと感じる.理由は4つの感情のうち最も破壊的(リスク)だからである.

「喜」・「楽」は周囲も明るくするので騒ぎ過ぎない程度にうまく表現できるようになること.「哀」は間接的に周囲に影響しても,直接的には影響しないのでまあ良しとしよう(当然,理想的には少ないほうが良い)

「怒」は直接的に周囲の気分を害して,人々を遠ざけてしまう.簡単に人間関係を破壊してしまう.ナイフを振り回している人間に人は近づかないように,「怒」を振り回す人間に人は本能的に近づかない.その人間関係によって得られる利点を台無しにした上に,逆に恨みを買って余計な損失を被ることになる.

怒りを感じるときは,相手の不完全(これは自分の価値観に基づく主観的判断に過ぎない)を受け入れられないときである.人間は完璧ではないので一人では生きて行けない.自分が不完全であることを認めて,相手の価値観・過ちを認めてあげよう.良好な人間関係の中での生活は居心地がよく,場合によっては周囲が助けてくれる

ではどうやって「怒」をコントロールするか? まず,全ての出来事は善意の結果だと認識して,negativeに感じる事象もまた一つ成長する課題が与えられていると捉えること.自分の価値観と相手の価値観は必ず違うもの(人間は一緒に過ごす時間が長くなると自分の価値観と相手の価値観が同じであることを求める傾向があり)であり,自分の価値観が絶対正しい訳ではない(相手を尊重)ことを認識.又,起こった「怒」の感情に対しては我慢してはいけない,人間関係を破壊しないように発散すべきである.我慢しきれず爆発した害の方が大きい.

以上,我が子の怒りの感情表現がうまく処理できることを願って...子供が成人する前に僕が死んだときに備えてます.(^^)

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日本人の特徴は「完璧主義」

前の話の続きである.

日本人の特徴をもし一言で表現しろと言われれば,僕は「完璧主義」を挙げる.完璧主義はnegativeな意味が一般にあるかもしれないが,僕はpositiveな意味も含めて使っている.

「完璧主義」→「強い責任感・∞の向上心」である.

この完璧主義は,特に工業製品の品質管理に威力を発揮して今日の経済力の基礎となっている.完璧主義を基礎に,リーダーにも全人的な人間を求めるところがある.国技である相撲・柔道では,単に強いだけではなく礼儀作法も重んじ人間的にも優れていることを要求される.国家元首の首相が浮気でもしようものなら即辞任を迫られるだろう(確か昔に女遊びで極短命内閣があった).以前アメリカのクリントン大統領が浮気の裁判(?)で盛り上がっても,辞任しなかったのと対照的である.

この完璧主義は,逆に失敗・欠点を強く否定することにもなる.他者の失敗を非難し足の引っ張り合い.自分を非難してストレスがかかり高い自殺率.物質的に豊かなのに,幸せを感じられない社会.又,医療への過度の期待が,医療訴訟となっている.

これからの社会に必要なことは,お互いが完璧ではないことを認め合って,互いの得意分野を継ぎ合わせて,完璧を目指すことと思う.個性を認めながら,互いを尊重する和の社会だと思う.

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完璧主義→∞の欲望

この話を読んでも,現在の日本に住んでいれば,少女の話は途上国の自分とは無縁の話と思う人が多いだろう.僕には,無縁の話とは思えない.移植のために数千万~億のお金の募金をして,渡米して手術を受けている現状は病気の種類が違うだけで同じ次元の話ではないだろうか.「命の沙汰は金次第」と無縁と思っているかもしれないが,実はすぐ身近に迫ってきているのである.現在の医療崩壊が進めば,さらに身近なものとなってくる.そしてその医療崩壊を生み出す原因は何か...自分たちの完璧主義に基づく批判(医療訴訟)だと感じる.

完璧主義は今日の日本を築いた日本人の良い面でもあるが,最近は悪い面が気になる.非建設的な批判だけして終わっている.

今の日本の医療は,完璧ではないが世界一流に属するレベルである.ただ国民には,先進国で最低の満足度という皮肉な状況である.物質的に豊かな国ながら,先進国でトップクラスの自殺率.どれもこれも,日本人の完璧主義→満足できない→批判→不幸の悪循環の表れに感じている.自分たち一人一人が,無限の欲望(完璧主義)から脱却して,不完全であることを認め合いながら完璧を目指す社会になる必要を感じる.

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