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ネズミの薬を作らせると日本の右に出る国はない

業界紙の記事にあった言葉である.日本の進まない臨床開発の現状を外国人がこうやって揶揄するという紹介であった.

確かに日本の過度なrisk回避が,臨床試験の開始を遅らせて,前臨床試験(動物実験)ばかりを増やしているという意味だろう.

リスク・ベネフィットのbalanceを考えずに,リスクだけ回避しようとする不合理が日本文化の根底にあると思う.極論だが100人を救うために1人の命を犠牲にするという合理的な考えが必要に思う.昔に,日本の首相がテロリストに日本人の人質をとられ,「人間一人の命は地球より重い」と公言して世界の失笑を買った話があるらしいが,日本は一人一人の命を大事にしようという考えが強いと感じる.大事なことは,合理的にある程度のriskを取らないとbenefitを得られないことを念頭に置くことである.

この過度のrisk回避が生む弊害として...,

1. 予防接種の副作用を懸念して,1990年代にMMR中止及びそれに引き続く任意接種への変更,2005 日本脳炎中止
頻度が低いながら発生する重篤な副作用が許容できず,発展途上国並み(?)の遅れた予防接種体制.麻疹は輸出国と非難されるありさま...自然に病気になって後遺症が発生することの方が問題が大きい...

2. 予防接種で麻疹・風疹単独ワクチン接種者はMR混合ワクチンを受けられない(?)
既に免疫が付いている人にワクチンをすることの安全性の懸念のようだが,海外では昔から気にせずやって特に問題とされていない.自然に病気になって流行・後遺症を起こすことの方が問題.特に風疹は妊婦に高率に先天奇形を起こす.

3. 海外の多くの国で承認されている薬が日本では使えない.
日本人での安全性データがないことで,世界で標準薬となっているものでも日本人でのデータを求める.人種差が問題になる薬の方が少ない,海外に行けば日本人でも医師は気にせず投与している,アジア人でも多く使われている....そこまでして日本人のデータにこだわる必要があるのか???

4. 異常に慎重な脳死移植
植物状態であっても少しでも生きる可能性のある症例は排除するという考えで,脳死判定が厳しすぎる.脳死判定だけで心停止を誘発するような感覚である.臟噐移植をしようとする人の善意が活用され,移植を必要とする多くの人が助かり日本の医学も発展するという合理的に考える必要があると思う.海外でも移植する臟噐は不足している.お金を持っているからという理由で割込んで入れてもらえたり,中国・フィリピンに臓器を買いに行っている実情を考えないと...日本人だけ特別な命の重みがあるわけではないのだから...

かくいう私はいつも妻にrisk takerと揶揄されるが...
人生において合理的にリスクを取り続けたい

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コメント

日本にいると、日本の考えや、日本の商品が一番優れている、と勘違いを起こしやすい。
実際に世界に出てみると、それらを上まるものが、腐るほどあることに気付く。
ある意味、日本人は不幸なのかもしれない。
情報操作により、よりいいものの情報が入ってこないのだから。

投稿: jacky | 2007年11月22日 (木) 05時13分

> Jackyさん

自分の持っている・作っている常識を超えつづける努力をしたいです.

投稿: 夢見るK | 2007年11月24日 (土) 04時19分

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