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初めての正月休

あっという間に時間が過ぎ,もう2007年も終わろうとしている.
やらなければならない仕事・課題も多く残ったままで,12/28の仕事納めは社内で最後の退社だった(とは言っても22:00頃に退社).
それでも会社に独りで時間外で残っていても非常に幸せに感じられる,医者になって初めて年末・年始を家族とゆっくり過ごせさせてもらえるからだ...
あわただしい年末で仕事が残っていても,computerで家でできて,休みの期間も内容も臨床をしていた時を考えると天国のようだ.
臨床をしている頃は,休みも多くて数日,その直前・直後は当直で救急が入って休みの日でもちょっと病棟に顔を出しに行っていた.
この恵まれた環境を当然と思わず,常に自分を律して来年も後悔無く過ごしたい.
来年もStay foolish, keep going!!

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「恨み」を忘れることが平和の基礎

バンコク出張中のホテルでアルジャジーラのチャンネルがあったので見ていると,シエラレオネの片足がない人達のサッカークラブ話があった.

シエラレオネは内戦が長く続き,その戦争では単に殺すより片足だけを落として身体障害者にして身の回りの世話をする人が必要な状況(相手の戦力を落とす)にするといった作戦が行われた.国連(?)が入って内戦は収束し,互いに争っていた人達が一見仲良く暮らしている.自分の家族を殺したり・四肢を切り取った人達と共に暮らす状況である.互いに忘れがたい記憶があるものの,「恨み」を忘れ互いに許しあうことが戦争を起こさず平和を維持するには必要であることを理解し生活しているそうである.その互いの「恨み」を癒すために設立された身障者のサッカークラブの話であった.

感情的に「恨み」合っていては平和は訪れない.「恨み」を忘れることは平和な先進国でも必要である.なにかをされた・してくれなかったと「恨み」(意固地)になると生産性がなくなってしまう.良好な人間関係には,恨みを忘れることが必須である.

「恨み」を忘れることが平和の基本で,良好な人間関係であることを改めて気付かせる番組であった.

ところで今回初めて「アルジャジーラ」を観た.この番組(Witnessというシリーズ)以外の報道も観たが,特に反米に偏ったこともなく非常に良質な報道機関と感じた(CNNとよく似た感じの内容).国の補助(カタール)を受けて運営されているようだが,NHKを初め日本の平和ボケ報道に比べて好印象だった.

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バンコク出張

久しぶりに発展途上国に足を踏み入れた.中国によく似た感じで,短期間のうちに経済発展し貧富の入り乱れた国である.

会社の同僚と近くの高級ホテルに食事に行った帰り,道端にやせ細った6歳ぐらいの女の子がゴザの上に横たわっていた.母親と兄弟と思われる家族が近くにいたものの,その女の子は弱々しく息をしているのみであった.栄養失調か,AIDSなのかわからない感じで,小額のお金をあげても何も解決にならない.それでも,自分の欲・罪悪感の癒しを求めて,小額のお金を置いてきた.

先進国では見ることのない子供のホームレスを見ると,中国・タイなどの中進国でもこの状況で,世界では多くの子供がもっとひどい環境で生きていることに改めて気付かされる.

自分の今の生活はただ私が日本人だったからである.我々の先人が,次の世代の事を考えて動いてくれたからである.自分の孫の世代のことを考えると,今の我々の世代が動かなければ日本で同じ事が起こる.中国を離れてそんなことを考えることも少なくなり,日本の常識・平和ボケから目を覚まさせてもらう良い機会であった.

Stay foolish, keep going

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心に残った映画「天国で君に逢えたら」

出張で飛行機に乗った際にたまたま前から気になっていた映画「天国で君に逢えたら」を観た.38(?)の若さで家族を残して肝臓癌で亡くなったウインドサーファーの実話である.臨床をしていた際に見取った若くしてなくなった患者さんたちを思い出し,必ずやって来る「死」というものを意識するよい機会だった.家族・自分の健康にも恵まれ,ささいな事が気になったり・果てない欲が出てくる自分を反省する機会を与えてもらった(「足るを知る」機会).臨床を離れて,ついつい人の死・儚さに接することなく生活していると,その尊さを忘れてしまう(人間の性)いつまで生きれるかわからない人生を後悔なく,守りに入らず周囲に流されず自分のintuitionに従って進んで行こうと改めて誓うのであった.

いつ死んでも自分でよくやったと思えるように,常に挑戦し続けていたい.

Have the courage to follow your heart and intuition!

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日本の「臨床研究」と「企業compliance」と「自主規制」の複雑な関係

私はあまり詳しくないが,アメリカでエンロンの不正会計が発覚して企業のcomplianceが問題となり,アメリカの企業(外資)は厳格なcomplianceを求められ,社内のSOPに従うことを求められている.日本の企業もSOX法どうこうで,もうじき同じ状況(?)と思う.

そんな中で,日本の製薬企業は医療用医薬品製造業公正取引協議会の決めた自主規制にも従って活動をしている.この団体の目的は製薬企業の過度な営業活動を防止することで,単なる民間の団体で法的根拠はなく,なんとも日本らしい曖昧なルールで運用されている. あまりの曖昧さゆえに事実上守られているような守られていないような欧米人からすると理解に苦しむ仕組みである.このルールの中に,(1)薬剤を無償で提供することが禁止され,(2)紐つき寄付を原則禁止(特定の市販されている薬剤に限定した寄付を禁止)されている.

この(1)は,無償で薬剤を寄付することは,特定の薬剤の処方を促すような目的で賄賂につながるという前提のようである.ただ癌の治療などで適応外の治療や海外のstudyに加わろうとすると,高価な薬剤の費用負担が問題となる.研究者は企業に無償提供を求め,企業はその薬剤の研究だから提供したいと思っても,業界自主規制のため提供できない.

この(2)は,医師が行う臨床研究(だいたい保険を使いながらやっている)に金銭を提供することは,処方を誘発するincentiveに繋がるというのが前提である.よって特定の薬剤を使った臨床研究に特化して製薬企業から研究者に資金は提供できない...ことになっている.:-) いろんな抜け道を使って業界全体で皆ルールを守っているような守っていないような状況が実際である.そのため研究者の得られる研究資金は欧米に比べると小額である(特定の研究のために資金提供ではなく,寄付ではそこまで大きな額を出せない..この表現でわかる人はわかってもらえるかな:-)).そうして医学の発展に役立っているか役立ってないのかわからないようなレベルの低い臨床研究が乱立される.

この自主規制に違反しても,単なる注意.最悪でも協会から破門されるぐらいのことで,欧米人にはなんで従う必要があるのかと理解してもらえない(日本は法律で曖昧に規定して,自主規制によって曖昧に運用する文化).こんなグレーゾーンのことに,どんどん踏み込んでいく会社が結局有利だったりして,なんとも正直者がバカを見る制度である.そして,外資の会社は,企業complianceの名の元にグレーゾーンへは投資ができなくなっている.その代わり,ルールの明確なところで,benefitのあるところへは思い切った投資をする.

時代の流れは,ルールを明確化して,そのルールに則って経済活動を行うことである.日本の臨床研究は,グレーの自主規制により発展が妨げられている.これだけevidenceが求められる中で,お金もかけられず質の低い臨床研究ばかりできても意味がないように思う.特に日本内資の製薬企業は,日本の臨床研究がglobalでの競争の基礎でもある.今やっと始まった「利益相反」のルール作りに関連して,このわけのわからない自主規制の見直しも必要と思う. これはglobalで生き残れそうな内資大手のタケダ・第一三共・アステラスといったところが先導してやって行かなければならないと感じる.

このままPhase IVのまともなstudyがやりにくい環境では日本医薬産業の前途は暗い.

こんな社会環境を変えることを夢見て,stay foolish, keep going!!

# 立場上,いろいろ曖昧に表現せざるを得ないので文章が普段以上にわかりにくいのはお許しください.:-) はっきり言いますが,最近たまに見る製薬企業の献金に関する偉い先生方のコメントは上記の自主規制による建前論です.:-)

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