« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

グリーンカード

日本が大好きな自分はアメリカで一生住みたいとは思わないので永住権(グリーンカード)を申請するつもりがなかった。ただ最近、夫婦で相談して、諸事情を考えて(一番は子供のため)申請しようと思い立った。。そして、弁護士さんの話では私の場合はEB2(2番目の優先順位)で、今から取り掛かると約2年ほどで取得できそうとの話だったのだが、会社がサポートしてくれない限り無理。。。。。っで費用は全て個人で持つのでと会社の人事に相談したのだが、あっさりNoの答えだった。

。。。っで自分の状況を分析中。。。永住権を申請するorしないべきか。。。このdecisionで自分のキャリアの積み方も大きく変わる。  まぁゆっくり考えよう。
自分の人生は限られている。その限られた人生をどう歩むべきか。。自分の目指すものは何か、どこまでのリスクは許容範囲内なのか。。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

他人のために生きる

臨床を離れて仕事をしていると,人の役に立っているという感覚が少ない...臨床では目の前の患者さんが医師の助けを実際に必要として,治療をして心から感謝してもらうということが多い.
# 医者をしていた時には,患者さんから感謝してもらうことが当然のことのようになってしまい,人に感謝される仕事をするという有難さを忘れがちだった...

会社員をしながら,今やっている仕事が何か社会の役に立っているのか?と聞かれると,かなり苦しい答えになる.製薬企業の作る薬で,本当に社会に必要なものは少ない.だいたいはme-tooドラッグのような,どこも似たりよったりの薬が莫大なお金を費やして開発され,莫大なお金をかけてマーケティングが行われている.このマーケティングは非常に巧妙で,医師自身が無意識のうちにこの戦略の影響を受けてしまっている.
# 医師の信じるEBMの多くが,製薬企業のマーケティングの一つとして作り出された臨床試験結果の塊である.

そしてそもそもこの製薬企業を駆り立てるものは何かと言えば,経済的利益であり,国民一人一人のお金・長生きしたいという煩悩に過ぎない.
自然界でなぜか人間だけが特別と思い込んで,自然の摂理に反して人間だけが全員長生きし豊かに暮らしたいと夢見て社会が作られている.どんな意味がないと思う仕事でも,その家族を養うためには必要なのだろう.結局,家族(自分じゃない他人)のために生きようと皆必死なのだ.
それならその他人のために,何ができるかを考えて,より自分の能力を高めてシステムを残せるように頑張らなくては...

よくわからん自己問答だが,会社という組織の中で生きていくのに,このプロセスは何の意味があるんだ?このよくわからん駆け引きはなんだ?...と自分的には非効率だらけだが,それに意味を見出して目の前のことを突き進むための自己回答でした.
一見意味がないことでも,意味がある.例え,意味がないことをするのも人間だから仕方がないと悟る(?)のであった.

| | コメント (4) | トラックバック (0)

必ず険悪になる日?

私の天敵いや愛妻が一年を通して必ず(?)機嫌が悪くなる日がある。それは妻の誕生日である。例年は、まず私がよく忘れていて当日に思い出したように、労をねぎらう言葉を掛ける程度に終わっている。仕事をしている時にはすっかり忘れていて、家に帰ってから思い出すのが常だ。
今年は本社からの出張者のアテンドに気をとられて、2/6の朝になっていて思い出した時には、一段と妻の機嫌が悪くなって、あまりの険悪さに妻の誕生日を話題にすること自体ができなかった。:-)
35歳にもなると、私自身は年をとる喜びがない、女性はなおさらだろう。。。
日頃は私が50cm以内に近寄ると、心底嫌そうな反応をして寄ってくるなと言わんばかりなのに、誕生日には何か特別に期待してるんだろうか。。。
やっぱり、女性は難しい。。。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

仕事は虚業

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51450207.html
ちょっと前の記事だけど、これを読んで思わずagreeだ。

単純に生産者だけの世界では、人間が働いて物質的な物が生み出される。
これに貸金業が現れると、金利が設定されて誰も働かなくても、金銭(借金の利子)を生むようになる。そして誰が働いているわけでもない金利を返すために人間は働く。
世界の中央銀行が勝手に金利を設定して国債(借金)を発行する、その借金の利子の支払原資は税金であり国民が働くお金である。その利子を払うために(?)世界の国民は働く。そしてある国民(投資家)は国債を買う。貸金屋が国民自身であり、借り手は国である。投資をして、お金は勝手に僅かずつ増えていく(中央銀行の決めた金利)ものだという幻想の世界が作られる。
国民が借り手の国を信頼する限りこの幻想は続く。

好景気を擁護する人はいてもは(地球資源を浪費)、不況になれば資源の浪費がおさまり地球環境に良いと唱える人はいない。好景気は「善」、不景気は「悪」という常識が生まれ、永遠の好景気という達成しえない夢に向けて世界は走り続ける。

| | コメント (3) | トラックバック (4)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »