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周囲を変えたければ。。。

人間は満足しきれないので、どんな状況でも不満は出てしまう。これがこうだったらいいのに。。。こうなればいいのに。。。
そんな周囲の環境を変えるのにはどうするのがいいのか。。。それは自分が変わること、自分が変わらない限り、周囲は変わらない。これまで通り文句だけ言って不満を垂れていても、これまで変わらなかった周囲の環境が一向に変わるわけがない。

そうするとどうなるのが良いのか、自分がまず変わる。自分が変われば周囲も変わる。。。。。私は極端になって、最初は周囲を変える(気づくように促す)ものの、最後は面倒臭くなって職場を変わってしまって、本当に周囲の環境が一気に変わる。最近、この発想がまた芽生えてきた。。。やばいやばい。。。今はまだ学ぶことがあるのでいいものの、自分でもうあまり学べることがないと感じてくると、多分またやってしまいそう。。。。。

嫌がって仕事をしている人の中に混じって、常に貪欲に学ぼうとしていると意欲があるという評価になり、周囲には気に行ってもらって重宝がってくれる。そんなこんなで良いofferをもらえるようになる。こうして周りに不満を垂れているだけだと変わらない環境に文句を言い続け、常に変わろうとしているとどんどん周囲が変わっていく。

結局、どちらにしても人生は自分で決めているのだということに変わりない。

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学ぶべきところのない人間なんていない

周囲のどんな人でも,これは凄い・真似できないと感じる自分に欠けたものを持っている.

子供:大人からは馬鹿げた(?)と思えることに熱中できる際限のない好奇心.
妻: 自立して生きてイケるように子供に教育及び言語(日本語・英語)を与えるという強い信念及び実行.そして,子供と一緒に他愛もないことに興じれる能力.
母: いい年をして海外旅行にも行きたがらないのに英語を学び,エントロピーがどうこうと理解もできない(?)物理の本を読み漁る(?)知的欲求
父: 毎朝2時間の山登
妹: 家族のために自分の楽しみはいくらでも犠牲にする(古風な日本女性)
上司:肝の太さ
子供の同級生のお父さん: 家族へのサービス精神
同級生: 皆それぞれ専門を持って学び続ける忍耐力

人間は神様でない以上,誰でも自分自身に足りないものがある.自分にはできない周囲の人の長所に気づきながら,常にどんな人でも尊敬できるような人間になりたい.

特に日本人に多い(完璧主義)と感じるのだが,感情的になった際に,相手の気に入らないことを過度に一般化をして,相手を全否定したり・されたりする.相手を決して全否定することなく,又,批難されても全てを否定されているのではないと常に捉えられる人間でありたい.

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製薬企業での医師の役割

現在の私の古風な上司は非常に優秀な人だ。ただ、誰でもそうだろうが、自分で何でも勉強する反面、自分で判断した内容に絶大な自信を持っている。

私のわかる範囲では、臨床試験結果の解釈と統計解析法については、彼の中途半端な知識が返って素人以上に悪影響を及ぼしているように感じる。私には非現実的にしか思えない臨床試験結果の解釈に対しては、私の意見を伝えるが、怒らせるだけになってしまう。私の解釈判断が正しいかどうかは時間がくればやがて判明するが、私の判断が正しい時にはUS法人は縮小されて、私のアメリカ生活も終わってしまうだろう。。。まぁ、その時はその時でどうにかなるだろうと思ってはいるが。:-)

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「できる」ようになるのを待ってはダメ

たかだか35年の人生だが振り返って感じるのは、目の前の課題に対して、常にできない理由を探すことの方が簡単だと思う。ああだから・こうだからとこれはできないという言い訳を作る。何か挑戦したいことに、いろいろ理由をつけて(言い訳をする)諦めることは簡単だ、ちょっと背伸びしながら乗り越えようと努力を続けれていると、少しずつ成長する。
ただ、何も準備しないで、挑戦するのは単なる愚行である。その目標に向かって日々精進して以前より少しだけ成長した自分で挑戦を続けることに意味がある。
自分のやりたいことを、「できる」ようになるのを待って機会を逃すより、「できない」ことに挑戦を続ける自分でいたい。。。だんだんと保守的思考に陥りがちだが、stay hungry, stay foolishで行きたい。
目の前の課題を愚直に実行し続け日々の成長続け、chanceがやってきたら思い切って飛び乗ろう。

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日本の大学教育費

費用対効果で考えると、日本の大学教育は非常に優れていると思う。
何といっても、それなりのレベルの教育を廉価に受けられることが一番。

アメリカでは、レベルが高くなるほど私立大学が優位で、授業料も高くなっていく。西海岸は比較的UCLAに代表されるようにそれなりに公立大学で一流どころが出てくるが、州内入学者なら7000USD/年でも、州外からの入学者は27000USD/年(?)となり、日本の国立大学に比べると破格の高さだ。
非常に優秀な人間には奨学金が出るとは言っても、本当に優秀な限られた人間しか受けられないだろう。

日本では、レベルが高くなるほど国立が優位で、授業料50万/年程度。両親の所得が少なければ半額or全額免除を受けられる。

これが医学部になると、
アメリカでは、理系の4年制大学を優秀な成績で終了して、medical schoolへ4年間通学。結局大学入学から最低8年かかる上に、卒業する時には大半が100000USD以上の借金をしているそうである。

日本では、大学へ入って6年で医師になれる上に、授業料のために借金するということは稀である。

世界で見れば、日本は先進国であり、先進国の医師としてまともな教育・トレーニングを受けている評価を得られる。

英語・日本語という壁がない状況では、日本で医学教育を受けるのが廉価でハードルが低い。

そして、日本もアメリカも同様に一流大学を出ていないと一流企業に就職できない。

一流企業に就職した後の話は別として、

アメリカには、貧困層に生まれても、飛び級・英才教育・奨学金といったシステムにより、ごくごく限られた非常に優秀な人間には扉は開かれていることには違いない。ただ、ほどほどに優れた人間には越えられない非常に強硬な壁が存在している。お金がなければ、一流の教育が受けられず、一流企業に就職できない。

日本は、貧困層に生まれても、一流国立大学に入って一流企業に就職してその壁を超えやすい。

自分の場合は、両親の所得が低くて授業料は半額or全額免除だったので、本当に安く大学教育を受けさせてもらえた。改めて、日本で生まれ育って良かった。

自分のようなボチボチ優秀(?)な程度では、もしアメリカの貧困層に生まれると、その壁は越えられなかっただろう。

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