お金を貯めるより大事なこと

常日頃,お金を貯めるより,そのお金を使ってどんな能力をつけるかが一番大事なことだと思う.そんな方針の元に,子供用の本には結構なお金をかけている.

金本位制が崩れて以来,お金の価値はその国の信用により決められている.どんなに国債を発行しようが,将来ちゃんと国債発行時に決めた利子を付けてお金を返してくれるという国への信用が維持され,日本円もアメリカドルも貨幣価値を維持している.
資本主義は,人間のお金を得たいという誰もがもつ特性を使って社会システムを維持する制度である.お金のために,皆,働き続け社会をうまく回していく.社会主義は理論的にはよくできた制度だけれども,人間の楽をしたいという煩悩を抑制できずにうまく機能せずに縮小しているのは歴史を見ればわかる.この人間のお金に対する要求を満たしながら,社会をうまく回すバランスが,国債の金利となって現れる.年利数%というバランスを維持しながら社会システムをまわし続けるのだが,最近の金融危機に象徴されるようにこのバランスが崩れる徴候が出てきている.このバランスが崩れたときに起きることはインフレであり,こつこつと貯めて来たお金の価値がなくなってしまうことである(インフレで物価が2倍になれば現金の価値は1/2).
そんな時代がいつかやってくる.それに備えてやるべきことは,決して取られることのない自分自身・家族への投資(必要なお金を掛けていつの時代でも生き残れる能力をつける)である.常に以前の自分より成長していることが大事(人的価値の向上)である.自分自身が成長せずに,お金を貯めようとしているだけでは,インフレには勝てない.
っと言いつつ,アメリカは自分の生まれる前後(30年以上前)から財政破綻するとさわがれ,日本も財政破綻すると危惧されて10年以上,これからもう20年程(子供が成人する)ハイパーインフレが来ずにすむかなぁ...

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無知の力

人生において「無知の力」を感じることがある。無知であるがゆえに、非現実的な夢を持ち、それに向かって突き進む力。無知であるがゆえに、現実の厳しさを知らずに、飛び込んでいくこと。無知であることで、怖れを感じずに進んでいける。
自分の人生で「無知の力」を発揮したのは、英語も話せないのにシンガポール資本(社内公用語が英語)に会社に就職して、5歳・3歳・1歳の子供を連れて北京に行ったことだ。中国語も話せないのに中国に住んでいた際には、家庭不和も頻繁で今思えば大変だった。
でもそのお陰で今の自分と家族がある。あのとき、現実の厳しさを予見していたらな、転職して家族全員で中国に行けなかった。つべこべあまり考えずに直観に任せて行動することも大事だ。
この「無知の力」は、子供の「好奇心」の源泉であり、大人からは意味のないと思えるような子供の大胆な行動の根幹だと思う。
ただ、「無知の力」は使われ方を間違えると大きな問題となる。教育(「知」)は、忌み嫌うべきものだと、文化大革命・ポルポト派の虐殺etcと無知である一般大衆を扇動して狂気の行動をとらせた。現代社会においては、無知であるがゆえに不合理な要求をしてくる人々を作り出す。
自分の「無知」を正す努力をしながら、うまく「無知」の行動力を利用していきたい。

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今を生きる

医師の先輩の悲しい知らせを聞いた.余命は半年を切っているようだ.
本人は医師ゆえに淡々と自分の現状を受け入れられている.
現代,しかも先進国の日本に生まれ育ち,子供が自分より長生きすること,60-70歳ぐらいまでは生きられるだろうということを,当然の権利だと思いがちである.
でも,自然の厳しい摂理の中で,誰がいつまで生きられるなんて誰にもわからない.
人間はいつか死ぬんだという厳しい現実を常に意識して,「今を生きる」大切さを改めて感じる.これからも後悔しない人生を歩んで行きたい.

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周囲を変えたければ。。。

人間は満足しきれないので、どんな状況でも不満は出てしまう。これがこうだったらいいのに。。。こうなればいいのに。。。
そんな周囲の環境を変えるのにはどうするのがいいのか。。。それは自分が変わること、自分が変わらない限り、周囲は変わらない。これまで通り文句だけ言って不満を垂れていても、これまで変わらなかった周囲の環境が一向に変わるわけがない。

そうするとどうなるのが良いのか、自分がまず変わる。自分が変われば周囲も変わる。。。。。私は極端になって、最初は周囲を変える(気づくように促す)ものの、最後は面倒臭くなって職場を変わってしまって、本当に周囲の環境が一気に変わる。最近、この発想がまた芽生えてきた。。。やばいやばい。。。今はまだ学ぶことがあるのでいいものの、自分でもうあまり学べることがないと感じてくると、多分またやってしまいそう。。。。。

嫌がって仕事をしている人の中に混じって、常に貪欲に学ぼうとしていると意欲があるという評価になり、周囲には気に行ってもらって重宝がってくれる。そんなこんなで良いofferをもらえるようになる。こうして周りに不満を垂れているだけだと変わらない環境に文句を言い続け、常に変わろうとしているとどんどん周囲が変わっていく。

結局、どちらにしても人生は自分で決めているのだということに変わりない。

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学ぶべきところのない人間なんていない

周囲のどんな人でも,これは凄い・真似できないと感じる自分に欠けたものを持っている.

子供:大人からは馬鹿げた(?)と思えることに熱中できる際限のない好奇心.
妻: 自立して生きてイケるように子供に教育及び言語(日本語・英語)を与えるという強い信念及び実行.そして,子供と一緒に他愛もないことに興じれる能力.
母: いい年をして海外旅行にも行きたがらないのに英語を学び,エントロピーがどうこうと理解もできない(?)物理の本を読み漁る(?)知的欲求
父: 毎朝2時間の山登
妹: 家族のために自分の楽しみはいくらでも犠牲にする(古風な日本女性)
上司:肝の太さ
子供の同級生のお父さん: 家族へのサービス精神
同級生: 皆それぞれ専門を持って学び続ける忍耐力

人間は神様でない以上,誰でも自分自身に足りないものがある.自分にはできない周囲の人の長所に気づきながら,常にどんな人でも尊敬できるような人間になりたい.

特に日本人に多い(完璧主義)と感じるのだが,感情的になった際に,相手の気に入らないことを過度に一般化をして,相手を全否定したり・されたりする.相手を決して全否定することなく,又,批難されても全てを否定されているのではないと常に捉えられる人間でありたい.

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「できる」ようになるのを待ってはダメ

たかだか35年の人生だが振り返って感じるのは、目の前の課題に対して、常にできない理由を探すことの方が簡単だと思う。ああだから・こうだからとこれはできないという言い訳を作る。何か挑戦したいことに、いろいろ理由をつけて(言い訳をする)諦めることは簡単だ、ちょっと背伸びしながら乗り越えようと努力を続けれていると、少しずつ成長する。
ただ、何も準備しないで、挑戦するのは単なる愚行である。その目標に向かって日々精進して以前より少しだけ成長した自分で挑戦を続けることに意味がある。
自分のやりたいことを、「できる」ようになるのを待って機会を逃すより、「できない」ことに挑戦を続ける自分でいたい。。。だんだんと保守的思考に陥りがちだが、stay hungry, stay foolishで行きたい。
目の前の課題を愚直に実行し続け日々の成長続け、chanceがやってきたら思い切って飛び乗ろう。

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他人のために生きる

臨床を離れて仕事をしていると,人の役に立っているという感覚が少ない...臨床では目の前の患者さんが医師の助けを実際に必要として,治療をして心から感謝してもらうということが多い.
# 医者をしていた時には,患者さんから感謝してもらうことが当然のことのようになってしまい,人に感謝される仕事をするという有難さを忘れがちだった...

会社員をしながら,今やっている仕事が何か社会の役に立っているのか?と聞かれると,かなり苦しい答えになる.製薬企業の作る薬で,本当に社会に必要なものは少ない.だいたいはme-tooドラッグのような,どこも似たりよったりの薬が莫大なお金を費やして開発され,莫大なお金をかけてマーケティングが行われている.このマーケティングは非常に巧妙で,医師自身が無意識のうちにこの戦略の影響を受けてしまっている.
# 医師の信じるEBMの多くが,製薬企業のマーケティングの一つとして作り出された臨床試験結果の塊である.

そしてそもそもこの製薬企業を駆り立てるものは何かと言えば,経済的利益であり,国民一人一人のお金・長生きしたいという煩悩に過ぎない.
自然界でなぜか人間だけが特別と思い込んで,自然の摂理に反して人間だけが全員長生きし豊かに暮らしたいと夢見て社会が作られている.どんな意味がないと思う仕事でも,その家族を養うためには必要なのだろう.結局,家族(自分じゃない他人)のために生きようと皆必死なのだ.
それならその他人のために,何ができるかを考えて,より自分の能力を高めてシステムを残せるように頑張らなくては...

よくわからん自己問答だが,会社という組織の中で生きていくのに,このプロセスは何の意味があるんだ?このよくわからん駆け引きはなんだ?...と自分的には非効率だらけだが,それに意味を見出して目の前のことを突き進むための自己回答でした.
一見意味がないことでも,意味がある.例え,意味がないことをするのも人間だから仕方がないと悟る(?)のであった.

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You can't change what you can't control.

怠慢でblogが書けてない...手抜きで手短に...
たまたま見かけた意味深い言葉 「You can't change what you can't control.」
私を含めて皆(?),自分の能力を磨いて行きたいと思い(自分を変える)つつ,日常を平凡に過ごしてしまう.人間なので,何か目標を強く定めないとついつい楽な方に流れて,惰性で過ごしがちだ.

「自分自身をコントロールできなければ,自分自身は変えられない.」
「社会を変えたいと思えば,自分自身が変わらなければ変えられない.」
...そんな単純・明白なことを改めて感じさせてくれる良い言葉だ.

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助けるべきだったのか...

臨床を離れて純粋な(?)サラリーマンとなって1年半が経った.臨床での「死」ということを身近に考えることで,「生」の意味を考えるような機会がほとんどなくなった.
臨床医時代の私の記憶に残る患者さんを今日は振り返ろうと思う.どうしても医者という職業柄,人を物質的に捉え,一般の人には非常に冷たい印象を持つ内容と思うがこれはご了承いただきたい.

患者さんは35歳前後の女性で,私はその患者さん本人とは結局一度も口を交わせずじまいである.私の中では,助けるべきではなかった患者さんだが,家族のためには仕方がなかったと思うことにしている.
旦那さんと小学校5年・3年の二人の息子さんと同居.今回は3人目の子供を妊娠し,破水・自然陣痛発来し前医の総合病院へ入院.入院後に,「しんどい」というナースコールがあり,看護師がすぐに駆け付けるも既に心肺停止状態,医師3人で心肺蘇生を試みて約30min後に心拍再開する.心肺停止蘇生後の妊婦として私の勤務する病院へ搬送されてきた(JCS-300).又,胎児は搬送前に既に死亡していることが確認されていた.
当院のICUへ収容.入院時(到着時1:00am頃)の血液検査では血液凝固異常を認め,経過より羊水塞栓症と診断した.分娩が進行と共に経膣的な出血が増え循環動態が不安定となる.医師3人がかりで輸血を行いなんとか循環動態を安定している状態であったが,分娩とともに循環が虚脱した.輸血・輸液をすれども血圧は60mmHg程度を保つのがやっとであった.心拍再開に30min要した上に,心拍再開後も神経学的反応もない状況で非常に予後は厳しく,他の2人の医師は仮眠に入った(5:00am).私は諦めずにひたすら大量の輸血を続けた.近隣の県からも血液を取り寄せて,約10lの血液を入れて循環動態が安定する(7:00am).
循環動態が安定して,神経学的予後の判断のために頭部CT撮影.脳槽が狭小化し,脳全体がびまん性に腫大し,脳外科医によりほぼ脳死との診断であった.
脳外科医と共に旦那さんに病状を説明した.「いつまで心臓が動いている状態が保てるかは分からず,ほぼ脳死状態である.ICUで家族の面会制限があるより,一般病棟で家族で過ごせるようにした方が良いと考える...」
旦那さんには,1%の望みでもあるなら治療を続けてほしいと懇願された.回復の望みのない患者さんをICUに収容し続けることもできないため,積極的治療という方針のまま一般病棟に移動した.
一般病棟に入った後も,臨床的脳死状態で尿崩症を併発し,循環動態は変動した.救命できる可能性がない,よくて植物状態の患者さんの治療に関心のある医師はなく,私一人が積極的に治療を続けている状況であった.そうして約1週間が経ち,再度正式な脳死判定を行うが,わずかに脳幹反応が検出されるのみであった.旦那さんの脳死でなければ積極的治療を続けてほしいという希望のまま,治療を続けていった.
そうして人工呼吸器は必要ながら,経静脈栄養から経管栄養となった.限りなく脳死に近い植物状態で安定し入院から約1か月後に自宅により近い前医へ転院した.
転院する際には,このまま一生この状態でまた話せる状態にはまずなることはないと説明したのだが,旦那さんは私に感謝してくれていた.

私がやった医学的事実は,回復の望みのない臨床的脳死の患者さんを増やしただけである.家族の負担,社会的負担を考えると合理的ではないのだが,家族(旦那さん)がそれを分った上で積極的治療を望んだということを理由にして,積極的な治療を続けた.その積極的な治療を続けることに,家族の希望と言えば聞こえが良いが,ただ自分の持っている医学的スキルを駆使して全身管理をしたかったという部分がある.どうやっても助からないという症例に,いろんな薬を使って治療をし,ただ心臓が動いている状態をどこまで続けられるのかという医学的興味が自分の中にあった.私の思う心ある勇気のある医師なら,ほどほどに治療して「できるだけの治療をしたけれどやはり駄目でした」と旦那さんの納得できる死を迎えさせてあげるべきだろう.
家族の希望という免罪符を使って,自分の医学的探究心から逝かせてあげられなかったと未だ気になっている患者さんである.

特に脳血管疾患では,よくて植物状態という回復の望みがない患者さんに遭遇する.それを家族に説明しても,1%の可能性でもあるのなら積極的治療を続けて欲しいと多くの家族が希望する.また,家族を見捨てたという罪悪感から,消極的治療を選択できない多くの家族が存在する.医学的に正しいこと・社会の利益になっているのかと疑問に思いつつも,家族の希望という免罪符で私の中の葛藤をもみ消してしまう.
生きる意味は何か,何をもって生きていると定義するのかという根本的問題を多くの患者さんに考えさせてもらった.
そうして見出した私の中での生きる意味は,家族を自立させた後に社会のために貢献することである.私にとっては,自分で物事を判断できる状態が生きているという定義であり,植物状態しか望めない状況では,一切の延命はして欲しくないし経管栄養さえもして欲しくないと思っている.

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どこで住むのがbetterなのか??

怠慢で1週間に一度のblogが書けず、一日遅れ。。。
このところ、転職したばかりで仕事は暇だけど、気疲れ気味。。。
渡米準備(本当にできるのか??)で、7/31に賃貸アパートを引き上げて、家族は妻の実家へ行き。私の方は1泊6500円のエレベーターのないウィークリーマンションで初めての単身赴任生活中。
家族と離れて、仕事も暇(?)で少し自分の人生を見つめなおす時間ができて今感じていることは、夏目漱石(?)の文章のどこかに出てくるどこで住んでも「とかくこの世は住みにくい」こと。

攻めの自分の人生を歩みながらも、子供の成育環境に最高は無理でもその時のbetterなものを提供したいと思って来たが、どこに行っても、この場所が子供に最適だと思えるところがない。

家族を持ってから住んだところは、
1. 広島市中区(社宅、広さ70m2?) 家賃3万?/月
当時でも築30年(?)ぐらいの社宅だったが、子どもがまだ1人で比較的快適な生活を送った。ただ、子どもをほったらかして遊ばせられる自然がなかった。

2. 広島県福山市沖野上町(賃貸、広さ50m2?) 家賃7万/月
階下の家族が喧嘩をすると声が聞こえてくるような環境で4年間も住んだ。幼児が3人で必死で生活していた。やっぱり子どもをほったらかしで遊ばせられる手近な自然がなかった。

3. 広島県福山市沖野上町(借上社宅、広さ70m2?) 家賃10万(?)/月
わずか10ヶ月の生活だったが、階下の住民から子供の足音の文句を言われ、妻が家じゅうに布団を敷きつめていた。

4. 中国北京市(借上社宅、広さ180m2) 家賃USD 2500/月
日本で言うところの六本木ヒルズみたいなところ(?)に住んでいたが、言葉は通じないし、大気汚染はひどく、日本のように安心して家族と出かけることは難しい。
物価の関係から資産が8倍くらいになったような生活が送れるが、お金があれば楽しい人生が送れるわけではないと改めて感じさせてもらえた。

5. 東京都千代田区(?)神田町(ウィークリーマンション、広さ70m2?) 家賃45万(?)/月
中国からの帰国の際に転職先の会社が手配して家族で約2週間住んだ。
自然がない。スーパーがないので食料品をコンビニで買うことになり、とても家族持ちには居心地の悪い地域だった。

6. 東京都渋谷区富ヶ谷(借上社宅、広さ100m2?) 家賃35万/月
入居した当初は知らなかったのだが、今思うと身分不相応な高級な所に住んでいた。それでも、子供の成育環境にあまり良いとは感じれなかった。
とても3人の子供を私立にやることはできないので、良さそうな公立小学校を狙って住んだ。小学校に少数ながらガイジンがいたりするが、やはり子供がイジメ(?)の対象になりがちであった。代々木公園が近くで比較的自然に触れやすい環境だったが、人工的な自然でしかなく、昆虫などの小さな生き物が少なかった。
町内会長(?)が阿部晋三さんだったり、麻生太郎の家が近くにあるような地域だった。同じアパートの住民は小渕優子さんとか、大塚製薬の会長が東京滞在時の別宅として借りていたりして、他にも有名人が何人かいたみたいだがテレビを見てないので解らない。
# 退去時に知ったのだが、昔、スマップの中居さんや窪塚(?)さん(マンションから飛び降りて話題になった俳優。。このアパートで飛び降りたわけではない。。。)が住んでいたらしい。

7. 東京都港区白金(ウィークリーマンション、広さ15m2?) 家賃6500円/日
家族と一緒には住んでないので単身での感想だが、近くに自然がなく子供を遊ばせる場所がない。あまりこの地域に家族で住みたいとは思えない。

番外8. 岡山県真庭市
妻の実家で子供3人と妻の4人で滞在中。山の中で自然が多く子供の成育には良さそう。ただ、田舎過ぎて自分が満足できる職場がない。。。

日本人離れした子供にイジメに合わずに日本に溶け込んでもらおうと思うと、やはり選択肢の多い東京近辺に住むことになる。そうすると自然に触れる環境は難しく、どこに行っても人に溢れかえった町に住まざるを得ない。。。ただ東京で家族と快適に住める場所はあまりない。。。。ふと、雨風が凌げて、家族と仲良く暮らせられるだけで満足しきれずに、底なしの欲望を持つ自分に気づくのであった。
やはり人間は生まれながらにして罪人だ。。。謙虚にならなくては。。

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feedbackがなければ成長できない

至極当然だが,熱いものに触れて熱いと感じ,痛いものに触れて痛いと感じなければ,その人はいつまでも熱いもの・痛いものを触りつづける.
何か間違いを起こされても,常に全てを許し続けて本人に何のfeedbackもなければその人は同じ間違いを続ける.

「こんなことを言うと気まずいだろう」,「体裁が悪いだろう」,「そのうち気付くだろう」..と考えて何も言わなければ,その人も変わりようが無い.

恨み・仕返しは全く生産性が無い,ただfeedbackとして客観的評価を伝えることは,自分の取った行動に対する責任を取れる人間になるために必要だ.

ただ,客観的評価(厳しい現実)を伝えることは,相手の感情を損ね・恨みを買うこともあり注意が必要.

逆に,客観的評価(厳しい現実)を自分に教えてくれる人の話は,腹を立てることなく常に冷静に聞くようにしたい.

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他人と比較せず,自分自身と比較すること

メルマガで見かけた言葉
Always dream and shoot higher than you know you can do.
Don't bother just to be better than your contemporaries or predecessors. Try to be better than yourself.  (William Faulkner)

忘れかけていた自分らしい生き方を再認識させてもらえた.例え馬鹿と他人に思われようが,できるだけ大きな夢を持ち続けることの重要性,それを目標に常に以前の自分自身より成長し続けることの重要性.ついつい忘れてしまいがちなことをフッと思い出させてもらった.

他人と比較して焦っても不幸になるだけだ.他人とは比較せず,常に3ヶ月~半年前の自分自身と勝負しながら常に成長したい.

Try to be better than myself!!

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生きる意味は何か

この頃,臨床を離れてだんだん一般人(?)の感覚に慣れてしまった(健康が当然の感覚).

自分への戒めとして,今日は臨床をしていたときに勉強になった経験について..

小児科で働いていた時,脳の先天異常による病気で痙攣・精神発達遅延のある10歳ぐらいの女の子が入院してきた.痙攣が悪化して精査のためで,父親に付き添われていた.その父親は,そのお子さんのために仕事も変わり,面倒をよくみる人であった.まだ私自身の子どもは当時2歳ぐらいだったが,障害を持つお子さんを持って大変だと心の中で思っていた.
私が受け持ちの挨拶に言った際に,その父親から言われたことは,目を輝かせながら「私はこの子の御陰で今までいろんな優秀な先生(医師)に会わせてもらえて,この子の存在に心から感謝している」ということだった.その言葉は本当に心の底から発せられたものであった.
その言葉にハッとさせられ,私が同じ立場でそんなことを言えるだろうかと自問していた.当時,まだ優生主義的考えが残っていた私には,自分のそんな考えを恥じる瞬間だった.当然のことだが,どんな人にもそれぞれの人生がある.人を幸せにするという意味では,障害を持つことは何の意味もなさないと気付かされた瞬間である.

勉強ができようができまいが関係ない,子供という存在に感謝する限りである.
その子供のために,私は次の世代のために何ができるのかと常に意識する必要がある.
自然界は混沌としていて,何もしなければentropyは常に増大していく.それをorganizeして次世代が活き活きと生きていける環境のために必要なことをすること.それが私の生きる意味である.

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ネズミの薬を作らせると日本の右に出る国はない

業界紙の記事にあった言葉である.日本の進まない臨床開発の現状を外国人がこうやって揶揄するという紹介であった.

確かに日本の過度なrisk回避が,臨床試験の開始を遅らせて,前臨床試験(動物実験)ばかりを増やしているという意味だろう.

リスク・ベネフィットのbalanceを考えずに,リスクだけ回避しようとする不合理が日本文化の根底にあると思う.極論だが100人を救うために1人の命を犠牲にするという合理的な考えが必要に思う.昔に,日本の首相がテロリストに日本人の人質をとられ,「人間一人の命は地球より重い」と公言して世界の失笑を買った話があるらしいが,日本は一人一人の命を大事にしようという考えが強いと感じる.大事なことは,合理的にある程度のriskを取らないとbenefitを得られないことを念頭に置くことである.

この過度のrisk回避が生む弊害として...,

1. 予防接種の副作用を懸念して,1990年代にMMR中止及びそれに引き続く任意接種への変更,2005 日本脳炎中止
頻度が低いながら発生する重篤な副作用が許容できず,発展途上国並み(?)の遅れた予防接種体制.麻疹は輸出国と非難されるありさま...自然に病気になって後遺症が発生することの方が問題が大きい...

2. 予防接種で麻疹・風疹単独ワクチン接種者はMR混合ワクチンを受けられない(?)
既に免疫が付いている人にワクチンをすることの安全性の懸念のようだが,海外では昔から気にせずやって特に問題とされていない.自然に病気になって流行・後遺症を起こすことの方が問題.特に風疹は妊婦に高率に先天奇形を起こす.

3. 海外の多くの国で承認されている薬が日本では使えない.
日本人での安全性データがないことで,世界で標準薬となっているものでも日本人でのデータを求める.人種差が問題になる薬の方が少ない,海外に行けば日本人でも医師は気にせず投与している,アジア人でも多く使われている....そこまでして日本人のデータにこだわる必要があるのか???

4. 異常に慎重な脳死移植
植物状態であっても少しでも生きる可能性のある症例は排除するという考えで,脳死判定が厳しすぎる.脳死判定だけで心停止を誘発するような感覚である.臟噐移植をしようとする人の善意が活用され,移植を必要とする多くの人が助かり日本の医学も発展するという合理的に考える必要があると思う.海外でも移植する臟噐は不足している.お金を持っているからという理由で割込んで入れてもらえたり,中国・フィリピンに臓器を買いに行っている実情を考えないと...日本人だけ特別な命の重みがあるわけではないのだから...

かくいう私はいつも妻にrisk takerと揶揄されるが...
人生において合理的にリスクを取り続けたい

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責任を伴わない自由はない→自由は責任を持つこと

自分で好きなように決められる(自由)ということは,自己責任が伴う.自分で判断して自分で選択した結果責任を持つことである.それを唯一免れるのは子供である,子供は責任を持てない為,決定権を親に委ね自分で決める自由を制限される.子供には成長と共に自分で決める自由を与えてやりながら,同時に結果責任が伴うことも学んで欲しい.

何かの結果を国・会社・他人の責任になすりつけるような人間にはなって欲しくない.自由だけを求めて責任を取れない人間にはならないように! 

成人すれば、結婚・仕事を含めて全て自分で決めることができる。そこで満足できずに他人に責任をなすり付ける前に、別居・再婚・転職いくらでも選択肢がある。。。一番避けるべきは文句だけ言っていつもと変わらないことをすること、文句・不満があるならそれを打破するためにやることを変えないと何も変わらないのは当然である。

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変われる人間が生き残る

至極当然だと思うのだが、環境が変化してもその変化に対応できる生物が生き残る。環境が変わって前のやり方が通用しなくなったのに、頑なに同じやり方をやり続けても生き残れない。(1) 今までこれでうまくいったのだから今までのやり方を頑なに続ける、(2) 環境が変わったことに文句を言い続けるこれでは生き残れない。

必要なことは、今の環境は前のやり方を続けてうまく行くのか行かないのかを意識して、うまく行かないと思えばやり方を変えることである。常に環境は変化しているので、定期的に現在のやり方がうまくいくかいかないかを検証する必要がある。

私の勤めている会社はどんどん環境が変わっている。以前は新薬もなかなか出ない成熟した状態であったが、現在は新薬・合併と目白押しで成長期にある。それに合わせて会社の組織も変化がある。そんな中で同僚には変化に対応できていない人もいる。会社から求められていることと、本人のやっていること・やろうとしていることに解離がある。。。「本人にはこうした方が良いと思いますよ」っと気付かせてあげようとしているんだが、「今までこれでうまく行っている」と言って頑なに今までと変わらない。。。本人に危機感がない限り難しい。。。一番困るのは本人なんだけどなぁ

人間関係が壊れない程度に認知療法を施していくしかない。難しいのは患者さんは少なくとも本人に危機感があるので人の話を聞くが、この場合は本人に危機感がないので話を聞いてもらえない。。。

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prideというknife

社会ではあらゆるところに見栄の張り合い(pride)の場面がある.人に馬鹿にされたくない,認められたいという欲(pride)があるからである.このprideknifeのような存在で,自分らしく生きていく身を守るものとなり,他人を傷つける道具ともなる.そのprideという凶器を,人を傷つけずに持ち続ける必要がある.

相手のprideknifeのように自分自身に向かって来る事がある.それをうまく収めて相手がprideというknifeを振り回さないように処理しなくてはならない.

どうすれば良いか...それは凶器を持った喧嘩と同じである.互いにprideというknifeを振り回す限り,どちらかが負けるまで続く.逆に相手をrespectして相手のpride (knife)を尊重することで,相手はknifeを振り回す必要がないことを理解する.そしていろいろ教えてくれる存在となってくれる.

相手のprideを自分の更なる成長の糧に!

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諦めずに進むこと(persistency)

多くの人は自分のやった結果がすぐに出ることを期待している.

結果が出ないこと・一度の失敗で止めてしまうと,前に進むことを諦めてしまう

そして,日常を大きな目標を設定することなく,与えられた仕事だけをこなすことに終始する.

実は,一回の失敗で失ったものは,だいたいの場合は自分のやる気ぐらいで,あまり実質的な損害がないことが多い.それより諦めて前に進むことを止めてしまった損害が大きい.可能性を失うのである.

そして大事なことは何か...失敗が繰り返される場合に,

(1) 失敗する原因は何かを考え今までとやり方を変えることと,

(2) 方向が正しければ諦めずに進む(persistency)ことである.

そして失敗しても進み続けられるmental toughnessの秘訣は,初めから成功率は10%と思って動くことだと思う.

そして成功率10%でも挑戦するmotivationを生み出すものは...

夢を持ち,それを達成するには今のままではいけないという危機感である.

満足していては現状を変えられない,文句を言っているだけでは不幸になるだけである.

persistencyを持って行動するのみ..

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あなたが、無駄に過ごした今日は、昨日、死んだ人が、死ぬほど生きたかった明日でもある。

今日の話は少し暗いかも知れないので悪しからず。。。気分が沈んでいる人は読まない方が良い(?)

この頃、欲を出していろんな事に首を突っ込んで自分のこなせる容量を超えている。ここで諦めるのは楽だが、これで成長が止まるのは解っているので、やれるだけやっていこう。。。自分への戒めとして今日の重い言葉。。。

あなたが、無駄に過ごした今日は、昨日、死んだ人が、死ぬほど生きたかった明日でもある。」

この言葉をたまたまメルマガで見かけた言葉である.この言葉を読んで,昔の患者さんのことを思い出しハッとさせられた.年は27歳女性,出産後に子宮頸癌が判り,大学病院で治療するも末期癌となり自宅近くの私の勤めていた市中病院へ転院.転院時は骨転移で放射線治療中であった.彼女は当時の私の年齢と変わらず,1歳半の同じ年頃の子供を持っていた.本人の余命がどのくらいなのか彼女は知っているのか知らないのか判らなかった,モルヒネで骨転移の痛み・癌性疼痛を抑えながら,ただ放射線治療をするのみであった.若さゆえに,思った以上に病気の進行が早く放射線治療も諦め,入院して1ヶ月も経たずに亡くなられた.

本人の意識がしっかりしているときに最後に言われた言葉が,「先生なんとかして!!」という悲痛な叫びだった.入院当初から言葉が少なく弱音を吐く事も無い人であったが、自分の妻と変わらない年齢で同じような年頃の子供を持つ女性に何もしてやれない私には重い言葉だった.ただ,モルヒネの増量と鎮静剤で意識を落としてあげることしかできなかった.最後の家族との時間を考えると,意識を取ることは極力避けたかったが,それしかしてあげられることがなかった.そして私が彼女と交わした言葉はそれが最後である。

私の受け持った患者さんで,この人が一番「死ぬほど一日でも長く生きたいと思っていただろう」と思う人である.まだ小さい子供の成長を少しでも見たいと思っただろう.あれからもう5年以上,彼女の生きたいと思った明日を私は生き続けている.

今を生きている私達は,他の誰かの一日でも長く生きたいと思う時間を当たり前のように過ごしている.そう考えると,惰性で生きることなく自分の一日一日に感謝しながら大事に生きていく責務を改めて感じる.

又,それを切に実感できるのは,医師として生死を伴に診させて頂いた多くの患者さんの御蔭である.死にたくないと泣きながらせがまれた患者さんたちである.その患者さんたちに死を受け入れるように促しときながら,私は今も生かせてもらっている.私自身の人生もいつまであるか解らないが,いつ死んでも良いようにこのまま後悔なく歩んで行きたい.

私の今が充実しているのは,生きることは何か・死ぬことはなにかと人生を考える機会を与えてもらった患者さんの御蔭である.家族と生きていられることを考えれば、それ以上の望みは単なる贅沢である。

Keep going, Stay foolish.

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進み続けるために必要なこと→persistency

何かの目的に向かって進み続けるのに一番大事なのはpersistency(粘り強さ)=努力だと思う.
エジソン(?)か誰かの言葉で,1%の能力と99%の努力という言葉があったけれどもその通りと感じる.
個々の能力の差(基礎的な学習能力)は,大天才は除いてせいぜい10%ぐらいだと感じる.何かを一つをすることの集中力・persistency(=努力)の違いが,若いときから蓄積して最終的に処理能力(バックグランド)の大きな差となる.この蓄積は雪だるまのようなもので,大きくなればなる程大きくなる.大きなバックグラウンドを持っている人は,何か一つの出来事を,今までの他の経験と結びつけて(公式化)どんどん処理していく.
気が付いたときには,この人と私は能力も運命も違うと考えてしまいがちだが,単なるpersistencyの違いと理解して,keep going!

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「人に認められたい」という危険な欲求

誰もが人に尊敬され,認められたいという欲求がある.尊敬されず・認められないと孤独感に苛まれる.又,尊敬され,認められるとmotivationが高まる.

しかし,尊敬される・認めてもらうという判断は,自分でコントロールできない事象である.他人がその人の行動・人格を見て判断することであり,それを気にしていては自分の軸を失う.自分がやるべきことをやって,その結果が認められようが認められまいが気にせず自分の軸で生きていくべきである.

尊敬され・認められたいという欲求は,自分で管理できない事象を追って,不幸になるだけであることを忘れないように!

人に認められない・尊敬されなくても自分の良いと思うことにmotivationを保って頑なに進んで行ける強いmental toughnessを身に付けたい.

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必要なリスクをとること

生活をしていると,このまま時間が経ち年を取っていくと10-20年後にはやがてこういう生活をしているだろうと想像できる.
その生活にもし満足できないなら,今やっていることを変える必要がある.何も問題を起こさず,与えられたことだけをする生活が楽と感じるときがある.でも,それを続けた先にあるものに,自分が満足できないなら,少々問題を起こそうがそのリスクを犯しながら(リスクを限定することは必要)も,今やっていることを変えていかないといけない
リスクをとらずに,リターンがないことを嘆いても仕方がない.
自分の目標を設定して,それを達成するために必要なリスクを進んで取っていこう
傍から見れば,なんでわざわざそんなことするのかと思うだろうけど...
Keep going, stay foolish!

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他人軸と自分軸

以下は昔に書き留めていたメモ。どっかからの引用だろうけど、詳細は不明。

人からどう思われるか,どう評価されるかにこだわって(他人軸)生きると,目標がぶれ易い.それは人によって価値観が違い,評価も様々だからである.

周囲に感謝しながら自分で自分自身を評価(自分軸)しながら進まなければならない.

どんな人間も、長所と短所を持っています。

 時には自分にない能力を持つ人を見て、

 劣等感に悩まされてしまうことも当然あるでしょう。

 しかし不得意な分野で自分と他人とを比較し、

 自信を失うことはとても無意味なことです。

 例えば一流のピアニストが、

 プロの格闘家とリングで戦ったところで結果は明らかですし、

 そもそもそんな勝負自体がナンセンスと言えるでしょう。

 大切なことは、短所を恥じることではなく、

 自分の長所を生かすために最善を尽くすことです。

 あなたの個性を十分に発揮することができれば、

 成功と幸福への道は開かれ、

 劣等感などは消えてしまうでしょう。

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継続は力だけど...

しまった...blogの更新を忘れてた...
ここのところ明らかに自分のcapacityを超えた仕事量・内容になってきてやばいかな?

ここで天敵の妻の追い込みだけには会わないように気をつけよう.

8-9割で継続的に一定の力を出し続けるのが,いちばん効率が良く目的を達成しやすいので調節しなくては..

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確実に失敗を避ける方法→何もしない人間

失敗は誰もが忌み嫌う.失敗を完全に避けようと思えば,何も言わない・何もしない・どうでもいい存在になろうとすることになる.そして,子供の頃の創造性を失ってしまうことになる.

大事なことは,失敗をしても,やり直しが出来るようにリスクを限定することである.人間のやることには100%はあり得ない.失敗する覚悟・備えがなければ,成功率99%であっても1%の失敗により破滅する.

失敗を批判し,創造性を摘み取ってしまわない気を付けたい.過度な完璧主義にはご用心を!

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若さは最も高価な物

むかしどこかで読んだのだが、資本主義の元に生きる僕らは僕たちの限られた時間(人生)をお金にかえる作業をしている。優雅な生活を送りたいと思いお金のために働いている。投資はその作業の効率化を目指した活動である。

もし、30年の時間を提供するのと引き替えに、お金を3億くれるとすればどうだろう。僕の場合は63歳になり現金を3億もらえるという取引だ。僕にとっては、子供が成人して家族が全員自立するまでの養育費が必要であって、20-30年後のお金では意味がない。育児に参加してないが、たまに子供の姿を見て成長していることに感動しながら生きていることを実感するのが娯楽である。いつまで生きているか解らない各々の人生の今現在が何より大事である。今現在(若さ)が一番高価なものである。

この高価な若さをただボーッと義務で仕事しながら過ごすだけではもったいない。大事な大事な限られた時間(人生)を最大限活用しながら歩んでいこう。

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尽きない欲→無限の向上心

人間の欲は尽きる事が無い,何かが達成できれば,次に何かを欲する.

風雨を凌げる温かい家に住み・食事を毎回食べられる.ちゃんと給料のもらえる仕事をして,自分と家族の健康にも恵まれる.これらが満たされても,勉強しない子供に怒ったり,地位・名誉・ありあまるお金を求めたりと人間の欲求は果てしなく続く.現在の状態に不満(不幸)ばかりを探すことなく,満たされていること(幸せ)に目を配ることで,「尽きない欲」を「無限の向上心」に変換し続けたい.

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メガネをかけ直そう!

皆,無意識のうちに目に見えないメガネを掛けている.
先入観である.

世の中,何か自分にとって悪いことが起きる.自分だけ不幸な運命にある.あの人の行動・言動は悪意がある.etc.

自分の期待したとおりの反応・結果が得られないと,negativeに捉えるのが普通.

でも,これをpositiveに捉えられるメガネを掛けられると人生楽しくなる.

世の中,計画通りに行かないのが普通.予定通り完璧に物事が進むのは1%.日頃から99%の失敗(期待通りに進まない)に備えながらも,1%の成功を確実に逃さず進み続けること.

 

逆に自分がnegativeなメガネで物事を見ていなくても,他人にnegativeなメガネで評価されることがある.それでも自分はpositiveなメガネでその人を見続けよう.

僕はこうやっていろんな人に合わせてやっていける自信がある方だが,唯一苦手な相手がいる.「妻」である.彼女だけは僕に難しい.基本的にmy paceで独りが好きな自分には,家庭というのは距離が近すぎるんだろうな...それでも元気な子供三人に恵まれて,僕は運が良すぎる.J

Take everything positive!

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ストレスを楽しもう

誰でもストレスのない生活を夢見るものである.ストレスという苦痛の少ない選択をするのが普通である.

でもストレスの少ない生活はあっても,ストレスのない生活はないストレスがなければ人間は生きてイケないように作られているからである.

動物という生き物は,ストレスという痛み刺激を感じることで危険を避けて生き延びていく.赤ちゃんや痴呆老人はストレスが無さそうに見えるがそうではない,飢えのストレスを感じず泣かなくなれば放置されて死んでしまう.どんなお金持ちも,死を恐れ・飢えを恐れ何らかのストレスがあり,そのために生きている.

ストレスは生き延びていくための大事な要素である.

ストレスを感じてもそれを深刻に捕らえず,楽しんでいこう.

皆がストレスのない生活を夢見て,最終的に皆に平等に機会が与えられる.死が訪れること,それはストレスが「0」になるときである.ストレスが「0」の人間なんて存在しない,もしそうなら神様だ.ストレスは生きている証拠を感じて,楽しんで行こう.

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恥を恐れる→可能性を限定

忙しいことを理由にblogの毎週月曜の更新を一回忘れてしまった...
現在の職場は,まだ慣れていないというストレスはあるが,肉体的にも精神的にも以前より格段に楽なはずであり,一重に自分の怠慢だと反省...でもやらなければならないことが全然できてないなぁ..

っで今日の本題,
恥を恐れることの有害性について,誰でもついつい波風立てずに・失敗や恥をかきたくないと思ってしまう.でもそれは同時に,自分の可能性を限定してしまっている.人間関係・仕事で恥をかかない・怒られないと思えば,何もしないことになってしまう.それではリスクもリターンも低い.恥をかくリスクを取りながら,より大きな可能性のリターンを狙わなければならない.リターン/リスクの比(期待値はプラス)を考えれば,恥をかく・怒られるぐらいのリスクはいつも取りに行く積極性を身に付けたい.

Stay foolish!

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人を動かすもの(動機)

人を動かすもの,いわゆる動機は大きく二つの種類に分けられる.

toward motivation(積極的)とaway from motivation (消極的)である.

toward motivationは,それをしているとワクワクして時間を忘れてしまうような,自分からしたくなるようなmotivationである.

away from motivationは,それをしないとこうなってしまうとかいう恐怖・危機感から生み出されるmotivationである.

そして世の中の多くのこと・人はaway from motivationが基準で動いている.基本はイヤイヤなのである.

働かないと破産してしまう,これをしないと怒られる・笑われるといった恐怖が基準になってしまっていることが多い.

学校の勉強・仕事でも恐怖・危機の回避からイヤイヤやっている段階(away from)から,それをすることに喜びを見出せる(toward)ようになると,飛躍的に処理能力・到達能力が上がる.

動機をaway fromからtowardへ変換するのに大きな鍵は,学習である.学習・成長という,人間の基本的欲求を満たすことが重要である.困難・問題は一見,単なる苦痛である.でも,それを経験することに,学習・成長しているということを見出せば逃げることなく楽しく(?)進んでいくことができる

惰性で何かをしているときは,ただ今ある状況を守ろうとしている(失うことを回避するaway from).常に楽しみ続けている(何か得ようとtoward)人間でありたい.

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常識→自分の心が作る壁

僕たちはそれぞれ,小さい子供のように偉大な可能性があります.成長するにつれ自分の作る常識から,子供の頃のいろんな好奇心を持ち何事にも挑戦する大事な能力をしまいこんでしまう常識を使って,自分を壁の中に閉じ込めてしまう.これをやってもどうせできない,この人がいるからこれができない,笑われるからやめておこう....僕たちの能力を制限するものは,上司・部下・配偶者などではなく,僕たち自身なのです.

世の中,思ったことをやってもその期待通り行くことは1%ぐらいの感覚です.多くの人は99%の失敗(?)から,学習してしまって挑戦することをやめてしまいます大事なことは失敗することを前提にリスクを限定し,挑戦し続け1%の成功を確実に達成していくことです.期待値がプラスであれば,これを繰り返し続けていくことで人生確実に進んで行きます.

自分で勝手に作った壁を突破して,常に前進していくことを目指します.

子供から大人への理想の成長は,長期的視野で期待値がプラスかマイナスかを判断できるようになり,周囲へ迷惑をかけないように(協調性を学ぶ)自分の好奇心・挑戦を続けることだと思います.

ついつい自分の常識でコンパクト納まろうとしてしまう自分への戒めでした.

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子供を見習う→好奇心・創造力

この記事が掲載されるころには次の仕事が始まっているのだが,今回の転勤・転職にあたり四六時中3人の子供といる時間が持てた.感想は,主婦は大変だということと,子供の創造力をいかに保つかが子育てに大事だということである.

3人の子供たちは,好奇心旺盛でいろんなものに触り,騒いで走り廻る.僕の方は,日本の秩序を重んじる社会では,やたらと怒ってコントロールしてしまう.でもこれは,僕の大人の常識を無理やり子供の当てはめているだけである.大人しい子供にしようとすることは,子供の溢れるばかりの好奇心・創造力を無理やり押さえ込む事である.どんな子供も,成長するに連れ好奇心・創造力が薄れ,大人になるに連れて騒いで走り廻ることがなくなってしまう.ただ社会の中で,機械の様に言われたことを真面目に正確にすることしかしなくなる危険がある.そして僕の理想の子育ては,いかに好奇心・創造力を保った大人になるかである.子供には成長と共に,好奇心・創造力を周囲に迷惑をかけないように維持する方法を学んで欲しい.

好奇心・創造力はinnovationに大事な要素である.子供を見ていると自分が小さい頃には持っていて,大人になるうちに忘れて行くものを多く気付かされる.僕にとっては,子供の頃の忘れてしまった大事なもの.未知のもの絶え間なく挑戦する好奇心と,常識では考えられない創造力

自分でも実現するのは難しいのはよくわかっているが,できるだけ大きな夢を持ちつづけて人生を歩むのが幸せの秘訣と思っている.思わないことには,実現しないですしね.:-)

子供を見ていると,よくそんな非現実的なことを考えて楽しめるのだろうと思うが,子供の目は活き活きと輝いている.僕も段々と現実主義でコンパクトに落ち着きそうになるが,見習って夢を持ちつづけなければならない.子供がうらやましい.

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神風特攻隊→臟噐移植

2/28の深夜,明日(新しい勤務先の初出社)から人生の新たな挑戦に向けて,やっと臓器移植カードに署名しました.当然,全て提供です.たまたま目に付いたメールマガジンの記事(http://blog.mag2.com/m/log/0000002548/108116968.html)にあった特攻隊員として死ぬ前日に書いた手紙を読んだのがきっかけです.

その中の以下の英文を読んで,会った事も無いこれからも会う事も無い人の愛を感じました.

My dream was to be a person able to take pride in being a Japanese, no matter where one may be in the world.
What one of my friends once said is true: a pilot of the Special Attack Corps is merely a mechanical instrument. He just steers the apparatus. He is only a molecule within a steel device intended to stick fast to an enemy aircraft carrier, possessing neither personality nor emotions. 
If one thinks about it rationally, this act is incomprehensible. 
These pilots are simply suicidal. This is a phenomenon that occurs only in a country such as Japan, a nation that places so much emphasis on the spiritual aspect of life.
Since I am nothing but a machine, I have no right to state my case. 
I only wish that the Japan that I dearly love will someday be made great by my fellow citizens.

いろんな人の御蔭で自分が今生かされると改めて感じます.

特攻隊で機械として飛行機に乗って次の日本のために身体を捧げてくれた方のことを思えば,どうせ死ぬ程ボロボロになった自分の身体の臓器を捧げることなどたいしたことはありません.次の医療・次世代のために有効に活用してもらえるなら,喜んで登録させてもらいます.僕も日本人であることを誇りに思い,日本を愛していることの証として...

ちなみにこの記事はイラク戦争の話で臟噐移植とは全く関係ない話です.

神風特攻隊の隊員の心は外国人には理解できないらしいです.妻は日本人と言ったらいきなり初対面の外国人にKamikaze, it’s a crazy. と言われたことがあるくらいです.

確かに自爆テロをするのは宗教()のためだし,国のために自殺するという文化は他にはない日本特有のものなのかもしれません.”Last Samurai”にしても日本人には古い武士道精神に響くものがありますが,外国人にはあまり理解できないらしいです.

その特攻隊員が求められたのは,全身を提供し機械の一部となれということです.飛行機に爆弾を積み,それを操縦する人ではなく機械になることです.ただ日本のために家族のためにと,若い人々の命が費やされていったのです.それを思えば,ボロボロになってどうせ死ぬか植物人間になる状態で,僕の臓器の一部を提供することなど小さなことです.

御世話になった医療従事者(日本人)に言われたことがあります,「日本で臟噐移植は普及できない.嫉妬の社会で臭い仕事は人にやらせようとする国民だから」と...個よりも集団()を大事にする稀有な国民性を誇りに思っていた自分には思わずハッと気づかされ言葉を失いました.でも今は改めてやはりできると思います.なぜならば,良くも悪くも神風特攻隊を生んだ国であり,臟噐移植を普及させるのは格段に簡単なはずですから...

日本に帰国後,自分自身の考えが保守的・利己的になりがちと感じています.心を清めなおして自分への背水の陣との思いも込めて署名です.

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「比較→競争→焦り・嫉妬」2

なぜか古い記事に関わらずよく読まれている(?)記事がある.「比較→競争→焦り・嫉妬」の記事である.一体誰が読んでくれているのか解らないがこの話を少し発展させてみましょう.

そもそも,この最初の「比較」を生み出す原動力は何なのでしょうか?

これは何を隠そう,僕たち人間としての「欲」です.他者より有利でありたい・優れていたいという欲が,比較することを生み,自分の軸を揺るがし「焦り」を生んでいます.逆に言えば,この欲をうまく,制御できれば「焦り」もコントロールできます.

欲をかいていくと,結局は欲に溺れてしまうのです.それが「焦り」という心の信号を出しているのです.僕たちの一部に過ぎない欲が,結局僕たち全体を飲み込んでしまっているのです.

欲は人間の行動・成長の原動力として必要ですが,「焦り」を感じるときは欲が大きくなり過ぎていないか確認することを御勧めします.

欲に飲み込まれない自分の軸を確立しましょう.

問題がなければ,この記事が掲載される頃には僕はもう日本にいるはずです.これが中国で書く最後の記事です.中国で御世話になった方々ありがとうございました.本当に心から感謝しています.m(__)m

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怒のコントロール

感情の喜怒哀楽をうまく自分でコントロールできることは,幸せに不可欠と感じる.特に「怒」をうまく管理することが大事だと感じる.理由は4つの感情のうち最も破壊的(リスク)だからである.

「喜」・「楽」は周囲も明るくするので騒ぎ過ぎない程度にうまく表現できるようになること.「哀」は間接的に周囲に影響しても,直接的には影響しないのでまあ良しとしよう(当然,理想的には少ないほうが良い)

「怒」は直接的に周囲の気分を害して,人々を遠ざけてしまう.簡単に人間関係を破壊してしまう.ナイフを振り回している人間に人は近づかないように,「怒」を振り回す人間に人は本能的に近づかない.その人間関係によって得られる利点を台無しにした上に,逆に恨みを買って余計な損失を被ることになる.

怒りを感じるときは,相手の不完全(これは自分の価値観に基づく主観的判断に過ぎない)を受け入れられないときである.人間は完璧ではないので一人では生きて行けない.自分が不完全であることを認めて,相手の価値観・過ちを認めてあげよう.良好な人間関係の中での生活は居心地がよく,場合によっては周囲が助けてくれる

ではどうやって「怒」をコントロールするか? まず,全ての出来事は善意の結果だと認識して,negativeに感じる事象もまた一つ成長する課題が与えられていると捉えること.自分の価値観と相手の価値観は必ず違うもの(人間は一緒に過ごす時間が長くなると自分の価値観と相手の価値観が同じであることを求める傾向があり)であり,自分の価値観が絶対正しい訳ではない(相手を尊重)ことを認識.又,起こった「怒」の感情に対しては我慢してはいけない,人間関係を破壊しないように発散すべきである.我慢しきれず爆発した害の方が大きい.

以上,我が子の怒りの感情表現がうまく処理できることを願って...子供が成人する前に僕が死んだときに備えてます.(^^)

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日本人の特徴は「完璧主義」

前の話の続きである.

日本人の特徴をもし一言で表現しろと言われれば,僕は「完璧主義」を挙げる.完璧主義はnegativeな意味が一般にあるかもしれないが,僕はpositiveな意味も含めて使っている.

「完璧主義」→「強い責任感・∞の向上心」である.

この完璧主義は,特に工業製品の品質管理に威力を発揮して今日の経済力の基礎となっている.完璧主義を基礎に,リーダーにも全人的な人間を求めるところがある.国技である相撲・柔道では,単に強いだけではなく礼儀作法も重んじ人間的にも優れていることを要求される.国家元首の首相が浮気でもしようものなら即辞任を迫られるだろう(確か昔に女遊びで極短命内閣があった).以前アメリカのクリントン大統領が浮気の裁判(?)で盛り上がっても,辞任しなかったのと対照的である.

この完璧主義は,逆に失敗・欠点を強く否定することにもなる.他者の失敗を非難し足の引っ張り合い.自分を非難してストレスがかかり高い自殺率.物質的に豊かなのに,幸せを感じられない社会.又,医療への過度の期待が,医療訴訟となっている.

これからの社会に必要なことは,お互いが完璧ではないことを認め合って,互いの得意分野を継ぎ合わせて,完璧を目指すことと思う.個性を認めながら,互いを尊重する和の社会だと思う.

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愛する者の死→旅立ち

愛する者の死は誰にとっても悲しいものです.
充分泣きたいだけ泣いてください.そして少し泣き疲れたときに以下の詩を読んでみて下さい.

http://homepage1.nifty.com/pikkari/iyasi/6tokubetu2.htm

-----------<引用開始>------------------

天国の特別な子ども

会議が開かれました。地球からはるか遠くで。
「また 次の赤ちゃん誕生の時間ですよ」
天においでになる神様に向かって、天使たちは言いました。

この子は特別の赤ちゃんで、たくさんの愛情が必要でしょう。
この子の成長は とてもゆっくりに見えるかもしれません。
もしかして 一人前にならないかもしれません。
だから この子は 下界で出会う人々に、
とくに気をつけてもらわなければならないのです。

もしかして、その子は走らず、笑わず、遊ばないかもしれません。
この子の思うことは なかなか分かってもらえないかもしれません。
何をやっても うまくいかないかもしれません。
そしてこの子は 一人前でないといわれるでしょう。

ですから、わたしたちは この子どもがどこに生まれるか、注意深く選ばなくてはならないのです。
この子の生涯が しあわせなものとなるように。

どうぞ神様 この子のために すばらしい両親を探してあげてください
神様のために 特別な任務を引き受けてくれるような両親を。
その二人は すぐには気がつかないかもしれません
彼ら二人が 自分たちに求められている特別な役割を。

けれども 天から授けられたこの子によって、
ますます強い信仰と豊かな愛をいただくようになるでしょう。
やがて二人は 自分たちに与えられた特別な神様の思召しをさとるようになるでしょう。神からおくられたこの子を育てることによって。

柔和でおだやかな尊い授かりものこそ、天から授かった特別な子どもなのです

--------------<引用終わり>--------------

夫婦で常に子供のことを思い頑張っても生まれてこない子供(胎児)もいます.わずか数ヶ月間という親子関係もあります。生まれて1年で死ぬ子もいます。10歳で死ぬ子もいます。40歳で死ぬ子もいます。ただ,永遠の時間と比べると大きな差はありません。
年老いた親を見殺しにした子供や50年の悪い親子関係で居る人々もいます.しかし,今哀しみに暮れているあなた方の親子関係はすばらしいものです.その哀しみの深さが証明しています.そしてすばらしい関係であったという事実は永遠に変わりません.

まず十分泣くことは,哀しみから立ち上がるのに必要なステップです。ただ,そこで泣き続けるか,次の新たなステップを踏み出すかは自分で決めないといけません.

今までの大切な人と一緒に生活する姿から、その人が天国から見守ってくれている姿を思い浮かべてください.そして自分に課せられた特別な任務に気づいて下さい.

愛するものの死を,お互いの新たな旅立ちに変えてあげて下さい.

p.s. 上記の話は子供だけでなく,身近な人の死についても同様である.僕自身いつまで生きているかはわからないが,僕がもし死ぬことがあっても,家族には課せられた特別な役割に気づいて人生を進み続けて欲しい.哀しみに浸り続け,運命に文句を言い続けることなく,幸せに進んで欲しい.長い永遠の時間の中で人の一生なんて瞬時で,30年も70年も大差はない.

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鏡の中に答えがある

何か物事がうまくいっていないと感じるとき,そんな時には鏡を見よう...

そこに問題解決の答えがある..

難しい・暗い顔をした自分自身である.

難しい顔をして怒りを感じているときは,自分の責任を他人に転嫁していることが多い.あの人のために気分が害される,どうしてあの人はこうしてくれないのかと思うときである.他人と過去は変えられない,変えられるのは自分の認知のされ方と行動だけである.起こった事実をnegativeに捉えて,自分で「怒る」ように仕向けているのは,鏡の中の自分である.変えられない他人を無理やり変えるのは,力ずくでうまくいくこともあるが,それは表面的・一時的なものである.その後は反って人間関係が悪化することが多い.人の数だけ価値観があり,自分の価値観を相手にあてはめてはいけない.

暗い顔をして気分が沈むときは,自分を正当に評価できてないときが多い.今生きている,その事実だけであなたは今まで立派に生きてきたという証明である.天文学的に低い確率からこの世に生まれてくる機会を授かり,交通事故・病気・天災・自殺することなく今を生き,食事に困らず生活している.命を失うという絶対的な損失(リスク)を回避しているという事実だけで,あなたの価値を証明している.何か問題が起きたり,自分の目標が達成できないときに,自分への自信を失い気分が塞ぐ.自分の今生きている奇跡を必然と捉え直して,今感じている問題は実は小さなことだと気づくと気分が軽くなる.

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裏切られたと思っても信じ続けること→信頼しない限り信頼されない

僕は基本的に性善説主義者である.ただ人間はその状況で,体裁・地位・名誉を守り,困難・貧困などを避ける行動を無意識的にとる(本人に悪気はない)と思っている.

多くの人は,何か間違いを指摘したり・されたりすれば,言い訳をしてしまったり怒ったりする.感情的になった場合には,その場しのぎの言い訳や非難中傷が繰り広げられ,信頼関係が壊れていく.

言い訳はその場しのぎの感情的なものが多いため,その言葉ひとつひとつに捕らわれず,その場の雰囲気(non verbal)でコミュニケーションを取りこちらの意図が伝わっているか判断した方が良い.

非難・批判される(「他人→自分」)ときは,相手の価値観を自分にあてハメようとする時で,自分を思ってくれる人ほど強いものとなる.相手の価値観では,絶対に正しいものであり,しかも自分のことを思っての善意によるものだから聞き入れられないときには裏切・信頼できないと思われる.逆に「自分→他人」も同じで,自分の言ったことが受け入れられないと裏切・信頼できないと思いがちである.

一度,信頼できない・裏切られたと思うと後は簡単にその関係は潰れていく.又,自分が相手を信頼しないと,相手も信頼してくれない.

人を信じ続けることは非常に苦痛を伴うことがある.ただ,どんな人も一人では生きていけない.同じ状況でも,信頼関係のある場所は居心地が良いものである.幸せになるためには信頼し続けることは必須と考える.

教訓として,相手が感情的な怒りに伴って発していると言葉は細部は聞き流した方が良い,ただ大意で何を伝えようとしているかを把握すれば良い.

っと書いてみたものの,言うは易し行なうは難しい...@夫婦関係.(^^)

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感謝の心

茶碗に残ったご飯粒を見て,「お百姓さんが作ってくれたお米をちゃんと食べなさい」と言われて育ったことを思い出す.

感謝の心,今の日本人が忘れている大事なものの一つと思う.人間は傲慢な生き物で,日常化してしまったものには感謝の心を忘れてしまう.健康な家族,自分の健康,暖かい屋根のある家,毎日の食事,給料がもらえること..どれも失ってはじめて思い出す日常である.ただ偶然に先進国で生まれ育ったために,当然として享受している.たわいもない日常もいろんな人々の御陰で成り立っていることを改めて感じると,感謝せずにはいられない.

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経済談義2

お金は,人類の生み出した多くの人に夢を与える便利な道具である.これほど,多くの人に必要であると共通して認識されているものはない.多様化した価値観の中でも,人々を動かす強い動機付けとなる存在である.

人間のお金に対する欲を利用して,ついつい怠けがちの人間に夢を与えながら働き続けることを可能にしている.自然の摂理では,有限の土地・資源の上では永遠に大きくなることは不可能なことは解っているのに,世界の蔵相が相談しながらGDPの成長を数%になるように調節して,常に成長していくという夢を与えてくれる.どんな経済政策も,GDPが大きくなることを目標に設定される(GDPマイナス成長を目的とした経済政策は聞いた事が無い).これは金本位制から離脱した,信用によりいくらでも大きくなれる経済のトリックと感じる.その根本的矛盾を気にせず皆が夢を見続ける間は問題ないが,遠い将来ある日その夢から皆が醒めたとき(世界恐慌)にも生きていけるmentalityを身に付けて欲しい.

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経済談義1

金本位制(紙幣が一定の比率で金と交換できる)から分離された経済社会がはじまった時から、金融は信用により勝手に増殖して行く魔物(?)と変わっている。

金本位制では,金の生産・流通量以上の経済成長ができない.金本位制から切り離されると,信用次第で無限の成長する可能性を持つ.紙幣は単なる紙である、発行者である国が信用されることにより、単なる紙からお金にかわっているに過ぎない。そのお金は、国の決めた金利により勝手に増殖して行く手段を持ち、株式・債券・預金により勝手に増えて行くことに皆何の疑問も持ってないのである。世界の基軸通貨であるUSDは、年2-6%と勝手に誰かが決めた率で増えて行くのであるが、実際のお金は何の物理的活動はしてないのである。信用のみで、勝手に増えて行く能力をもたらされた。国がなくなれば、紙切れで、経済活動という幻想の上に勝手にお金が増えて行くという夢を皆が見ているのである。常にこのことを判った上で、人生・投資を行うことが重要と思う。アメリカの貿易・財政赤字,日本の国債発行,どちらもこのままではいつ国が破産するか解らない言われて数十年経つそうである.未だアメリカ・日本が信用に足る存在である間は破綻がないが,いつ世界恐慌が起きても生きていけるmentalityを保持してほしい。お金はそんな幻想の存在であり,自分の価値観の一番に据えてはいけない(人生の目的ではない),あくまで何かを達成するための手段(道具)に過ぎないという認識を忘れないで欲しい.

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偽善者・利己主義

偽善者・利己主義と呼ばれて,良い気分がする人は少ないだろう.ただこれは僕を含めて全ての人に当てはまることだと思っている.

主観的には偽善者・利己主義であっても,他覚的にはそれが善人・献身的に見える人達がいる.自分の幸せ・利益を他人と共有できる人達である.マザーテレサやガンジーといった人達である.

人々に愛されるマザーテレサと悪名高いヒトラーで,その原動力・行動力に共通の項目がある.どんな善人だろうが,悪人だろうが,動物を含めて共通すること,それは快楽を得られることをして,苦痛を伴うことを避けることである.マザーテレサは,人々を助ける・自分が良いと思うことを他人に施してあげることに自分の幸せ(利益)を見出し,幸せ・利益を他人と共有している.ヒトラーは,世界を征服することに幸せを見出し,他人と幸せを共有することなく民族淘汰に走ってしまった.

両者とも,基本は自分の持っている価値観を満たす(自己満足・利己主義)行動を取っただけである.もし,自分が善人だと思って行動を取っても,自分の価値観で良いと思うことを追求している偽善に過ぎない.ただ,その自己満足を追求する行動が,周囲と共有できる人が善人と言われる.自分の利益・幸せだけを追求する人は,動物と変わりない(動物は本能的な欲求を満たす行為をしているだけ).それが周囲の人と共有できるのが,人間が他の動物と違う特別な存在である所以と思う.

自分は偽善主義・利己主義である事実を受け入れて開き直り,自分だけの利益でなく他人の利益ももたらす考えができるかが,その人の人間的幸せを決定すると考える.

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生涯で一番高価な買い物

表現が悪いが,家を買うつもりのない自分にとって,子供を持つことは生涯で一番高い買い物である.子供を育てるのに,一人2000-3000万の費用がかかると言われるが,3人の子供を持つ自分は9000万もの買い物をしていることになる.

生活費・学費・住居費etc.など,経済的には支出ばかりかもしれない.子供を持たずに人生を終えることもできるが,子供を持つ経験をすると子供を持たずに人生を終えるのはもったいない.生きる意味・夢・時間の尊さを考え,精神的に大きな成長を与えてくれる.人間の短い人生で出来ることは限られている.その中で,こんな貴重な経験を知らずに人生を終えるのはもったいない.

子供という大きな借金を抱えているが,惰性で歩むことなく人生楽しみながら夢を持ち続けたい.

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子供を持つこと

よく言われることだが,子供のありがたみは子供を持たないと分からない.見返りを求めない愛情を提供する関係は,親から子供への関係のみと聞いたことあるが,うまく表現されている.恋愛関係を含めて,相手に何かするときには,心のどこかに見返り(相手によく思われたい,何かしてもらいたいetc.)を求めていることが多い.親→子への場合は,特に見返りを求めていないことが多い.ただ理由も無く,子供のためならと頑張れるものである.

子供に多く感謝されることもなく,それでも両親は愛情を提供し続ける.子供を持つ前までは,自分がそんなことができるのだろうかと思ったものである.

僕が死ぬときに一番気になることは子供である.お金を残しても,戦争・恐慌が起きれば無くなる僕が子供に残したいものは,どんな困難でも希望をもって生きていけるmental toughnessと能力である.そして出来る事なら,僕が死んでも,社会が家族を守ってくれるような温かい社会を残したい.叶わぬ夢だろうが,よりよい社会を残す大望に向けて,いろいろ遠回りしながら人生を歩むつもりである.

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孤独

人間は群れることを好み,孤独を嫌うものである(一時的な孤独→ひとりの時間は求めてもあくまで一時的である).孤独に苛まれて自殺する人もいる.

だが,幸せになるには孤独に慣れなければならない.誰一人理解してもらえなくても自分の中の価値 (神様のような存在)を感じて,進んでいく孤独に耐えれなければならない.例え孤独でも感じられる幸せがあれば,次にそれを周囲の人と共有することで倍増できる.自分自身に幸せがないと,周囲の人と共有しても他人を不幸せするだけである.

人の価値観は多様であり,誰一人として同じ人はいない.全く同じ考えをしてくれる人は自分以外ない.一人で生まれて,一人で死んでいく.一人で死んでいくまでの過程として,自己を確立して孤独に生きられるように研磨するのが人生かと感じる.

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メンター

メンターを持つと良いと言われる事がある.メンターが居ると実際にそうある自分を具体的に描きやすく,具体的に描いた理想像は達成したい目標として,強い遂行力を与えてくれる.よくある成功哲学に,夢・計画は具体的に細かく描けというのと同じである.
一時期,僕もメンターなる存在を求めていた時期があったが,完璧な人間など居るわけもなく持たずじまいである.その代わり,自分の中に神様のような存在を信じて迷うときには良心に従って行動している.
メンターを持つのも持たないのも個人の選択だが,メンターに全ての判断を任せるのは危険と思う.全ての判断を頼っていれば,新興宗教に入り教祖を崇めているのと変わりがない.メンターを参考に,自立した自分を確立しなければならない.

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「すべて」を受け入れる2

自分の負の部分を受け入れた人間は強い.

自分の弱い部分を受け入れない場合は,それに触れられそうになると精神的に動揺する.それを隠そうと強がったり,そんなことはないと怒って拒否するのである.特に完璧を目指す人間であればある程,不完全である自分を頑なに拒否して動揺する.

逆に自分の弱い部分を受け入れている人間は,触れられても動揺しなくなる.不完全である自分を隠す必要が無くなり,自然体で物事を進められる.ある意味,開き直りは重要である.

仕事・家庭などの場面で,自分の負の部分を含めて全てを受け入れることが精神的成長に重要だが,一つの典型的な例を出そう.

癌の告知である.あくまで個々の差があることは念頭に置き一般論として述べる.癌を告知された人間と,癌を告知されていない人間で,どちらが治療に前向きであろうか?

それは告知されている人間である.最初は自分が癌であることに,悲しみに暮れたり,場合によっては怒る人もいる.「自分が何を悪いことをしたんだ,どうして自分にこんなことが降りかかってくるんだ」と不合理な突然の不幸を拒絶反応を示す.だが,次第に現実を受け入れ,治療に前向きに取り組み始める.このまま受け入れずに放置しても,癌が進行して寿命が縮むだけと理解して,合理的に考えて治療に望むのである.開き直って陽気に苦しい治療を受けていくのである.完治ができず死が迫ったときにも,自分の死を受けいれることもスムーズである.家族にもよく頑張ったと慕われ,非常に安らかな死を迎えて行く.

逆に告知されていない人間はどうか? 癌ではないが治療が必要ですとお茶を濁すような説明をして,治療を受けていっても,抗癌剤などの苦しい治療に常に逃げがちである.「なんでこんなに苦しい治療をしなければならないのか」と愚痴を溢し,治療から逃げようとする.他の癌患者と同じ治療が行われてなんとなく自分が癌ではないかと思っても,いろいろと理由を付けて自分は癌じゃないと逃避する.死期が迫ったときでさえも,それからも現実逃避しようとする.場合によっては,家族にも「やれやれやっといなくなってくれる」と思われ死を迎える.

これは病気の癌の話だが,癌ではない全ての人にあてはまることである.自分の受け入れたくない事実・状況()を常に否認して逃げつづける人は,あれこれ理由を付けて常に逃げてしまう.大事なことはそれを認めて,前に進むことである.それが除去できるものなら,そのために何をすべきかを考え.除去できないものなら共存状態を模索する.全てを受け入れて,前に進む習慣を身に付けたい.

自分の死期を悟り,自分が極限まで追い込まれた人間の,否応なしの決断はこの上ない遂行力がある.自分の中の癌(悪い習性)に飲み込まれることなく,各自に眠る偉大な力を引き出して行きたい.

現実を受け入れ,活き活きとした人生を送り,周囲・家族によく頑張ったと慕われて最後を迎える.もしくは,常に現実を逃避して,周囲・家族にやっと居なくなったと思われて最後を迎える.どちらが良いかと改めて気付く.

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今の日本に生きること

今の日本に生きることは,広大な土地を支配した何百年前の中国の皇帝より幸せな生活だと感じさせられる.

北京にSummer Palace(世界遺産?)という昔の中国皇帝が作った広大な避暑地がある.心地よく冷たい風が敷地全体に吹き過ごしやすいところである.皇帝の住んでいた胡宮(世界遺産)は,広大な土地を壁で閉ざされ同じ風景が続く.観光に訪れるのは良いが,ここでずっと住みたいとは思えない.ただ莫大な費用をかけて作っても,現代の冷暖房を程よく効かせた部屋に比べると快適さは劣り,車に乗って快適に自由に移動できる現代の方が自分にはあっている.少しお金を出せば,おいしく調理された食事が手に入る.現代の日本人は,昔の殿様・皇帝より快適な生活を送っていると気付かされる.

生きて行くのにお金は大事である.でもそれは一番ではない.中国に来れば,物価・人件費が安くいきなり資産・收入が8倍になった生活を送れる.100(1500)1万円ぐらいの感覚で生活ができ,ショッピング街が近くにありプール・ジム・広い中庭が完備された180平米もある高層マンションに住める(日本の六本木ヒルズに住むとこんな感覚だろうか..).そこで何を思うか,それは人生お金じゃないということである.お金はあっても,言葉は通じない,ちょっとした買い物は常にダマされてないか警戒しないといけない,病気になっても医療水準が怪しい,Internet・メディアの情報は規制される.少々狭くても,言葉が通じて,ダマされる心配も無く,病気になっても安心してかかれる医療環境がある日本が住みやすいのである.日本以外の世界に目を向けると,その日本は稀有な国であることに気付かされる.何気なく過ごしている平和は,タダではないのである.いろんな人のお陰である.

先進国アメリカの台風カトリーナの災害を覚えているだろうか? アメリカでは災害が起きるとそれにあわせて略奪が大きな問題となる.日本はどうだろうか?,新潟・神戸の地震で略奪が大きな問題にはならなかった(ちんけな泥棒が問題にはなっていたようだが..).この違いを考えるに,日本人のモラルの高さである.常に相手のことを気配りする文化である.和を大切にする社会である.日本に居れば当然のことだが,世界に目を向けると稀有な考え方である.昨今の勝ち組・負け組という考え方は危険である.すべてを弱肉強食の発想で片付けてしまえば,やがて社会はすさむ.衣食足りて礼節を知る.最低限の生活が営めなければ,モラルも無くなる.ごく一部の人間が富を占有しても,安心してかかれる医療・治安などの社会基盤が崩壊すればもともこもない.南アフリカのように,金持ちが極限られた安全な場所にだけ住み,人口の8割がAIDSに罹患している地域で子供を安心して育てられるだろうか? 自分に関係ないと思って金持ちになっても,自分と家族が安全に住める場所がなければ意味がない.貧困は,平和を壊し,伝染病を蔓延させる.いくら安全に暮らしていると思っても,結核・AIDSなどの感染症が流行していれば自分や家族もいずれ罹患する可能性がある.大阪の尼崎が世界最悪の結核流行地域と批判されているようだが...日本全体がそうならないことを切に願う.

利益は専有するものではなく,共有するものである.一人で生きているのではなく,共生である.共有・共生できる者が繁栄する.これが自然界の法則で,人間の繁栄・日本の繁栄に裏付けられていると感じる.

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リスクゼロの投資

リスクゼロの投資.こんなもの存在するかと思うかもしれない.それが存在するのである.金銭リスクはゼロ,利益は無限大であり期待値はプラス.

1. 見返りを求めず他人を信じること

あらゆる人を信じ,あらゆる困難は自分を成長させるためにあると信じることである.ただ,人に絶対に無くなっては困る金銭は渡さない.前に「信用・信頼の重要性」で述べた如く,信用・信頼ができると可能性が広がる.不信ができると,不幸に感じ人間関係が崩れていく.会社・上司が信頼できなければ,自分も信頼される可能性は低くなる.疑心暗鬼が生じて,あらゆることを悪く捉えてしまう.どんな言動も不信の目で見れば,限りが無い.逆に不信の目で見られ始めれても,限りがない.夫婦関係・恋人関係と同じである.相手が不倫・浮気をしていると言い始めれば限がないのである.残るものは不信から来る不幸のみ.逆に信じることで,相手にも信頼されるようになる.そのうちの何人かは,困ったときには助けてくれるような存在になってくれる.100人信頼して,10人自分を信頼してくれる存在を手に入れれば金銭リスクゼロで利益を得ている.信頼して裏切られても前向きにやっていける強い精神力があれば,生きている間チャンスはいくらでもやってくる.

2. 恥をかく事を恐れないこと

ついつい人目を気にして,恥ずかしいから何かするのを止めておこうと思いがちである.失敗する恥を恐れがちである.人からどう思われようが,結局本人が恥ずかしいと感じるかどうかである.例え恥ずかしいと思い・思われても,失うものは自分の作り上げた体裁だけである.偽りの建前(体裁)を守るより,新たな可能性に挑戦した方が利益が大きい.

上記はリスクはゼロであり,期待値はプラスとなっている.たまに大きな精神的痛手を負いながらも諦めずに,数を繰り返せば繰り返すほど,統計的にはプラスとなる.これをひたすら繰り返しているのが,世に言う成功者に多いと思われる.

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利益の占有と共有

たとえ話としてねずみがそれぞれ100匹の集団があるとしよう.

集団Aは,強い者がすべてを占有する社会である.早く餌を見つけ,他を殺せるものが生き残っていく.

集団Bは強いものが多くを得ながらも,共有する社会である.他のものも生きて行けるように分け前も与える.

さてそれぞれの集団どうなって行くだろうか? 

集団Aではやがて,上位5匹のみが生き残った.圧倒的に強いねずみも,あるとき調子の悪い時に餌にありつけず亡くなっていく.

集団Bでは病死を除いて90匹が生き残っている.強いネズミも弱いネズミも,餌の多い少ないはあっても生きている.

どちらの集団に属したいか?多くの人はBではないかと思う.

人間の世界も同じである.拝金主義で自分の利益を最大限主張する社会が集団Aであり.他もやっていけるようように全ての利益までは主張しないのが集団Bである.なにかの成果が挙がれば,その権利を全て主張したくなるかもしれない.主張しないと損していると感じるかもしれない.だが全ての利益を搾取しないことは,結局自分の利益に繋がっている.不当なまでに他人の利益を削って,自分の利益を主張することは結局自分の不利益になる.

現実の世界で考えると,集団Bのような高いモラルと和の精神で,類い稀な繁栄を築いたのが日本だと思う.日本が先進国として現在の世界での地位を築けたのは,偶然ではなく必然だと感じる.

会社は誰のものか..株主?,従業員?,社会? 
僕は従業員>社会>株主の順位で皆のものと思う.従業員が幸せを感じながら仕事ができて,その幸せを顧客(社会)へ提供し,株主に利益を還元する.この三者のうち,どこかが利益を占有し始めれば,やがてこの会社は崩壊する.それぞれの利益を共有することで永続することが可能となる.会社は株主のものだと主張しても,所詮株主は出資しているお金の損失以上の不利益は被らない.従業員はお金で計れない人生を掛けている.

日本・世界を動かす2割の人々へ,利益の共有は自分のためだと気付いて欲しい.

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信用・信頼の重要性

信用・信頼ができると自分の可能性を高めることができる。

恋愛関係で信頼ができると,結婚し家庭が作られる.

会社では、同族経営(家族しか信頼できない状態)から、アカの他人を信用できる会社(上場しているような会社)になることで大きな成長する可能性を持つことができる。上司が部下を信頼し,自立させ任せることでその部署が発展できる.ワンマン経営・管理では,成長余地は限られる.

経済では,相手を信頼することで,融資が行われ経済が活性化する.まさに信用創造(?)と表現される.相手が信用できない状態になり,融資するより預貯金にばかり向かえば不況である.

国と国,地域紛争では,相手が侵略してこないという信頼をしていることで,停戦が実現され,平和が維持される.

人間は他人を信頼する社会により,他の動物にはない現在の人間の繁栄を築いた.日本は,他の国にない人間同士の信頼及び国への信頼により現在の日本の繁栄を築いた.それが築けない国では,内戦が続き貧困にあえいでいる.

基本に返って,一番の最小単位である自分を信頼(自己の確立・自信)できないと幸せになれない.自分の可能性を信じ信頼することで,自ら判断・行動していくことで,大きな可能性を切り開く.

人によっては,他人は信頼できないという人が居る.ただ,自分しか信用できなければ,何もできない.極端になると,人が運転する車や,人の作ったものを食べられない.夫婦で,相手が信用できず不倫をしていると言い出すと,幸せな家庭など築けない.信用・信頼して生活できると,心の平安が訪れ幸せと新たな可能性が提供される.人を信用・信頼すると,相手にも信頼され居心地の良い人間関係が作られる(ただ相手を信頼しても自分を信頼してもらえないこともあることは念頭に).競争・比較の社会で,相手を信頼して裏切られたら怖いと感じるかもしれないが,開き直って信頼できる人間関係にいる方が幸せになれる.ただ,人は不完全な生物で,必ず裏切られることがある,裏切られても生きていける覚悟は必要である.

僕はよく,「人を信用しすぎるから,騙されないように注意しろ」と言われることがある.僕としては,何を買うにしても自分の判断で安い・高いとその時点で判断して買ったのだから,あとで安い値段が判っても騙されたとはあまり感じない.

現在の僕の問題は家族である.信頼して全てを一任してしまうと,どうでも良いから放置されているように受け止められてしまう.意見を求められて感じるままの意見を述べると,自分への厳しさと同様に家族へ厳しいことを求めていると受け止められてしまう.家族に夢を持ちつづけて,自立を促すのは難しい.まして会社・社会では無理だろう.まだまだ精進が必要だと感じさせられる.

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死を身近に感じて,全ての出来事をpositiveに捉えること

定期的に見ているブログでスティーブン・ジョブスの卒業スピーチの話があり,成功者に共通する基本を如実に表していた.

まずは日本語訳もしくは原文に目を通してもらいたい.

基本的にpositive思考である.多くの人に失敗と思われる場面でも,negativeに考えつづけることはしない.誰でも一時的にnegativeにとらえても,捉え方を変えてpositiveなものに認識している.悪い出来事をdotと表現しているが,それが後々に繋がるものと後から考えられると言っている.小さなdot,大きなdotの連続が線になるのである.

それともう一つの大事なことが,常に死を意識していることである.死というものを身近に感じて,今死んでも後悔ないことをできているかを考えている.惰性で過ごさず,死を意識しながら,常にpositiveに捉える重要性を感じる.

死を考えること,それは人生を考えることである.普通の生活なら,そんなことを身近に考える機会がない.幸い医師として,胎児-乳幼児-小学生-青年-中年-老人,自殺-事故-老死--先天異常etc....普通の人なら遭遇しない様々な生き様・死に様を見させてもらった.そんな場面を身近に見せてもらえながら,生きる事は何かを考えさせてもらえて本当に幸せである.この幸せを噛み締めて,いつ来るか解からない死を身近に捉えつづけたい.

家族・周囲には迷惑を掛けるがStay hungry, stay foolishである.命ある限りやり直しはできる.

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「すべて」を受け入れる

僕の家族しか読んでいない超マイナーな記事に多く(?)の人に読んでもらい、なんだか共鳴までして頂いたようでありがとうございます。
自分の子供も将来平石さんがかかえるような同じ問題にぶつかり、そのときに一助にしてもらおうと記事に書かせてもらっています(記事のネタをもらっている 立場で僕の方が感謝しないといけません)。そこでお節介ですが、ちょっとした気づきも提供できればと思い前回トラックバックをつけさせて頂きました。

平石さんには実際お会いしたこともなく、恥ずかしながらインターネットベンチャーでどんな偉大な方か存じ上げません。今回、平石さんのブログを通して僕の記事を見た方からトラックバックを頂き、影響力のある方なんだと改めて感じます。僕はただインターネットでたまたま見かけて毎日読ませて頂くようになり、大きな志を持って社会を変えていこうとされている方ということしか存じ上げません。
毎日のブログで日々の変化を記録されているのを拝見して、誰もがぶつかる問題を提示されています。特に経営者という立場(一般に常に完璧を求められる立場)でありながら、自分の葛藤・弱い部分を素直に表現し実名で提示されて、非常にタフな方だと感じます。
一般に自分の弱い部分は、傷つけられる(批判)ことを恐れて出せません。それが不特定多数の見ているところで出していけるのは、傷つけられても進んでいける本当の強さを持っているのかも知れません。
全てのありのままの自分を受け入れるというのは非常に大事な考え方です。誰もが理想像を心に描きながら、そうなれない自分に直面します。そこで自分をnegativeに否定することなく、至らないところがあることを認めて自己の自信を高めることが必要です。自分の完璧でない(弱い?)部分を否定し続けても、いずれ崩壊します。自分の本来の姿と違う自分を作ろうとしてもいずれ体力が尽き持たなくなります。自分の完璧でない部分に気付くと、強い自己を確立(mental toughness)したのちの謙虚・優しさを持つことができます。謙虚・優しさ無く自己を確立しても、気が付けば周りに人がいなくなっています(単なる高慢ちきですね)。
人間は完璧でないから人間であって、完璧なら神様です。長い(?)人生、3歩進んで2歩戻る、たまには回り道をしたりします。何もない舗装された平坦な道ばかりを進んでも、飽きてきます(すぐ慣れたり飽き足りするのが人間です)。たまに山有り谷有り崖有り、ダイビング(?)あり。それぞれの人に準備された道を楽しみながら進みましょう。
これからもブログを楽しみにしております。

keijin0205さん
、人間だから焦って当然だと思います。そうやって悩んだ分だけ、大きな答えが出てくると思います。ただ、焦ることを焦らないように気をつけられたらと思います。

missingmassさん、もう自己を確立された方かと察します。小数の反対意見があったとしても、大義名分を通して進んでいく力強さを感じます。社会を変えていく起業を願います。

若輩の小生が偉そうに書きましたが、適当に読み流して頂ければ幸いです。

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比較→競争→焦り・嫉妬

比較することは全体の中で自分がどういう状況にあるかを理解する上で大事です.ただ,焦り・嫉妬をしない自己が確立していない状況では,多くの弊害も生みます. 劣等感・競争心から焦りを生むことがあり,場合によっては嫉妬を生む事があります.

他人と比較することで現在の周囲の状況は何ら変わりません,ただその状況の捉え方が自分の中で変わります.自己が確立せずに比較ばかりしてしまうと,自分の立場が迷走してしまいます.比較することで何がもたらされるでしょうか,物質的には何もありません,ただ心の状態が変化するだけです.知覚のされかた(捉え方)を変えて,自分の未熟さを自覚・幸せを自覚しながら精進していく糧とできれば行動力の源とできます.

焦りを感じるときは,自分の進んでいる方向性に何か疑問を持っているときか,同時に多くのことを得ようとしているときです.
その方向に進んでいって何を得るのか再度考えてみましょう.さらに,それを得て何が起きるのか考えましょう.その先にある本当の目的を明確化すると,迷いなく進んでいけます.

同時に多くを得ようとしているとき(二兎を追っている)は,優先順位をハッキリさせましょう.
人間の能力は限られていて,できることは限られています.何かを優先すれば,何かは下位に位置されます.二つは同時に追うにしても必ず優先順位をつけることは重要です.

嫉妬は,人間の欲として仕方ないものですが,これほど害のあるものはありません.
嫉妬して相手を潰して,人間関係を失ってまでして手に入れるものは何でしょうか? 一次的な勝つという喜びだけで,後には壊れた人間関係が残るだけです.
嫉妬を捨てて,人の成功・出世を喜んであげる.そうすることでより良い人間関係が得られます.特に昨今の勝ち組・負け組という発想(基本に競争の概念がある)は非常に危険と思います.それぞれ個々の長所を活かして,お互いに感謝しあえる社会が次の世代に残せればと感じます.

小さいころから受験勉強,周囲の目を気にする日本人の気質,社会に出てからの出世競争.皆,生まれて学校に入ってから比較-競争という習慣が刷り込まれています.この比較-競争-焦り・嫉妬の習慣を除去するのは一見難しく見えますが,焦り・嫉妬しない自己が確立すると次の新しい世界が広がります.

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宗教観

各自に自分の理想とする自分像があると思います.それが各自に存在する神であり.その人間()像を具体的に思い描いて,それに近づこうと努力します.でも永遠に達成されません.その努力を続けるのが人生で,人間性を高め続けなければなりません.それが最後には,死となりお迎えが来るときまで続きます.死は努力をした最後のご褒美と捉えています.

人間は完璧じゃないから,些細なことに腹を立てたり,失敗したり,欲を持ったりしている訳です.完璧じゃないのが人間の証拠で,自分の描く完璧な人間()になろうと日々努力するのが人生です.失敗しても嘆く必要はありません,

妻に宗教を持つことは禁止され,20067月現在,僕は無宗教です.各自に宿る神というものを信じ,そのお陰で天文学的確率の偶然でしか存在し得ない現在の自分があると思うようにしています.その神は各自に存在し,毎日何かを教えようと僕らに何かの試練を与えています.完璧でない僕たちがその中から何かを学び,その神の存在に近づくように促しているのだと思うようにしています.完璧な自分()を目指して,それを体現し周囲に感謝し幸せにしてあげてください.

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死を身近に感じること

死を身近に感じろというと,negativeに感じるかもしれない.

医師としてあえて言いますが,「あなたは必ず・絶対に死にます」.少しゾクっとしただろうか?そう感じて頂ければ本望です.

それでは死を感じて,あなたの人生はどうでしたか?自分に問い掛けて下さい.あれもしたい,これもしたいとか浮かんできましたか,あの人にもっと感謝の気持ちを伝えておけば良かったとか思いますか?そう思うことがあれば,早速それを達成するには今から何をすべきか考えて少しずつ実行してください.

多くの人は,死ぬ間際になって人間の生命に限りがあることを悟り,人生を見つめなおします.死が間近に近づく前に,死というものを身近に感じて後悔無く過ごせるかが人生を充実させる秘訣です.全ての人に平等に与えられている機会,「生」と「死」,あたりまえですがあなたにも与えられています.

ほとんどの人が病院で死に,日本人は皆,生活の中に人の死というものを感じる機会が減りました.しかも,日本人の無宗教という特性から,死はすなわち物質的にいなくなることでnegativeにのみ捉えるという傾向があり,それについて考えることを避けています.宗教を持っている人は,死は次の新たなスタートとpositiveに捉えられます.いつかは来る「死」を身近に感じpositiveに捉えながら,日常の「生」を充実させましょう.

死に焦点をあてることで,対照的に生が光輝くものになるはずです.あなたの生を輝くものにしてあげて下さい.

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優先順位

優先順位の項目・順位の違いが人間の価値観の多様性である.遺伝子の少しの違い・量の違いが生物の多様性を作るように,優先順位の項目・数・順位が価値観の多様性を生んでいる.夫婦・人間関係で価値観が同じ方がいいとか違う方がいいと言われるが,物事を一緒に進めるには似たものでないといけない(全く同一にはなりえないことは念頭に..)

人間関係で揉め事が起きた場合には,互いの優先順位・項目を確認して解決する.共通に存在する優先順位の高い目標を確認して,お互いにそれを達成するにはどうするか考える.例えば,夫婦で起きている問題が,結婚生活を壊してまで行う必要があるのかを考える.互いの共通の優先項目を見出し,その項目を達成するにはどうすることが最善か考える.

あらゆる状況は捉え方により良くも悪くも感じることができ、常に良く感じることにより自分自身が幸せと感じること。その幸せは、周囲の人により、もたらされたものである。それを感謝することで、周囲の人に幸せを分配すること。

このことを基本に僕の優先順位は,

決して人を騙さず、良心に従い行動

これが目的・人生のうえで大事な大義名分である。常に人生は選択枝の連続である。その選択したことを遂行する上で、自分がやっていることに間違いはないという強い信念を裏付け、強い原動力となる。

家族を幸せにすること

人間関係の最小単位である。何が幸せと定義するかは難しい中で、飲み食いに困らず能力を伸ばしていける環境を提供することが重要である。

家族の中でも妻に幸せを感じてもらうことが重要である。子供をケアする母親が、幸せでない限り家族に幸せはもたらされない。

小さい子供は純粋である。目の前に空腹を癒せるものと母親の愛情があるだけで、幸せと感じてくれる。自分と似た価値観(いろんな状況に幸せを感じてくれる)を持つ妻を持つことが重要である。その場合に、あくまで似た価値観であり、同じ価値観ではないということを理解すること。妻も一人の人間として、唯一無二の存在であり、決して自分の価値観と同じにはならない。

経済的余裕を持つこと

衣食足りて礼節を知る。幸せの基本である食をまかなう為に、食うに困らない生活は必要である。

生命は有限である.生きている間にできることは限られている.人間の欲に限りがないため,やりたいことを全てできる人はいない.欲がなくなれば,無気力になり生きることができない(自殺してしまう人が多い).自分の中で,優先すること()を列挙して,そのために今何をするべきか考えてみよう.

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判断に迷うとき

人生は,いろんな選択の連続である.今この瞬間も,読者はこの記事を読む読まないという選択の中から,読む選択をしている.
そして中には必ずどちらの選択をするか迷うことがある.その際の判断材料について以下に述べる.
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決して人を騙さず、良心に従い行動すること。
大義名分は、目的を達成するための強い遂行力(強い信念)となる。自分の行動に汚点がある場合は、それだけ遂行力を弱めてしまう。何をするにも必ず問題が起きる,それを乗り越えるには強い遂行力が必要である.決めた行動は頑なに実行する.Be stubborn!!

周囲に意見を言われて判断に迷うことがある.特に信頼する人物からの意見の場合には大きな影響を受ける.ただ,周囲の人々は,例え信頼・尊敬するであっても責任を取れない.意見を参考にしても,決断を他人に任せることはしない.自分の取った行動の責任は,自分自身でとるしかない.決して他意に賛同して取った行動の責任を,他者になすりつけない.他人が判断したように見えても,実は同時に自分はその意見に同意するという決断をしている.その結果責任を持たなければならない.

自分の中で優先順位を整理し、優先順位の高いものに重きを置いて判断すること。優先順位の項目,順位の違いが人間の多様性である.ある人はお金が1番であったり,ある人はそれが5番目ぐらいに位置する.限られた人生の中で出来る事は限られており,何かを取れば,何かを諦めないといけないことがある.そこで優先順位の高いもの同士が,ぶつかると葛藤が生じる.優先順位が高いもの同士でも,必ず順位をつけて,迷う際には高いものに従う.優先順位をつけられないのは,恋愛関係の二股のようなものである.あの人(A)が良い,あの人(B)も良いといってどちらか選べずに二股を掛けていれば,何れどちらかもしくは両方に愛想をつかされるてしまい.どちらも手に入らない.

漠然とした不安に襲われるときは,何を不安に思っているのか分析する.その不安は何に起因するのかが解れば,その不安に思っていることが起きた場合に何に困るのか考える.実際はそんなに対して困ることではないことが多い.命さえあれば,やり直しはできる.

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この記事は,ココログで7/12の自動公開設定にしていたところ,メンテナンス・障害で記事が消えてしまった..今回再度入力..トホホ

筆不精の僕にはきつい...お金を出して使っているサービスなのにもう少し安定させて欲しいものである...よろしく@nifty様.

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信念

常に選択理論に則った思考をする。

選択理論の実践だけでは、単にその場の人間関係を問題なく過ごしていくのみに終始する場合がある。大洋で波に揉まれながら浮かぶ小船に同じ(ただ波の動きに任せて流れていくのみ)
目的の大義名分を考えそれを達成するために、小さな目標(通過点)を作り着実に進んで行くことが必要である。大洋に浮かぶ小船が波に揉まれながら着実に一つの目的地に進んで行くかの如く。

常にあらゆる能力を伸ばして行くことを考える。

人の数だけ価値観があり、絶対的な善・絶対的な悪というのは存在しない。「常に柔軟性を持ち、絶対こうでないといけないという価値観を持たない」という価値観(絶対的なものはないという価値観)である。環境によりいかに自分の価値観を変えられるかが、強い生命力を持った人間である。

人間は自分の理想像(価値観)に近づくように行動する。そして人の数だけ価値観があり、それだけ人の行動は多様である。

変えられるものは、自分の考え方と行動のみ。決して、他人を変えようとしない。他人に提供できるのは助言・情報のみ、それ以上に相手の考え・行動を変えようとした場合は人間関係の悪化を招く。

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以前,書き留めていたメモのコピーである.ばらばらに書き留めている覚書をまとめようと思っていながら,まとめていない.自分で勝手に理由を作って,怠慢でしてないだけだが..毎日ブログを更新するという単純な作業も定期的に続けるというのは大変な作業である.こういったことがきちんとできない自分の未熟さを感じる.

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キーワード

人生を豊かにするキーワードとしては限りがなく,重なる部分がある.ただ,あえて挙げるなら...

選択理論:
変えられるものと変えられないものの区別をつける.自分の考え方と行動のみ変えることができて,感情(喜怒哀楽)はそれに付随するもの.他者を変えようとすることは人間関係を壊すことに繋がる.困難にぶつかったときに,構成する事象のうち変えられるものと変えられないものを区別を早くつけて行動に移すことが大事である.

同じ価値観はない:
全ての人は違う価値観をもち,似た価値観(常識)はあっても全く同じものは存在しない→自分という存在は唯一であることに通じる

自立:
自分で選択し,自分でその結果責任を持つ

共依存を避ける(自分の価値観を押し付けない):
自分が居なければその人はやっていけないなどという考えを捨てる.他人を無理にコントロールすることになり,他者の自立を妨げている.冷たい話だが「氣づき」(情報)を提供する以外に他者にはできない.人間は裸で生まれて,裸で死んでいく.悲しいかな人間は非常に孤独な生き物である.

一番難しい敵・友は自分自身:
全ては自分の選択の結果であり,一見簡単そうに思える自己管理が一番難しいと悟る.まして他人を管理するということは不可能であることに気づく.その難しい自己管理を,向上する努力を一生続けていくのが人生である.

自己の確立と感謝:
全く同じ価値観というものは存在しないこと,自分が偶然の存在ではなく必然と知覚し,何か大きな力(神様のようなもの)を感じる.自分の存在に高慢になることなく,その大きな力に感謝しながら周囲に幸せを分配する.

幸せは自分で決める:
他人が提供するものではなく,自分で提供するものである.あの人が悪い・どうするから自分が不幸せであると思う限り,自分の幸せはやってこない.

動物と人間の違いに気づく:
人間を含めた全ての動物の行動は,自分の幸せの追求をしているだけである.非常に利己的なものである.どんな献身的な行動も,そうすることで自分が幸せに感じる行動をとっているだけである.ヒットラーもマザーテレサも根本行動機序は同じである.自分の幸せを追求し,それを周囲に分配(愛)できるのが人間である.周囲に分配できないのは,単なる動物である.周囲に分配できる(愛を提供する)ことが人間である特別の理由である.

...などなど,上記を念頭に記事を読んでいって頂き,周囲に感謝しながら自立した自分を確立して頂ければと思う.

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どんなに辛いことがあっても、自然に咲く花を美しいと思える心があれば、人間は生きていける

■愛

最近blogを見始めて,平石さんの人間性の崇高さを感じさせて頂いています.
何か解りませんが,琴線に触れるものを感じ思わずコメントさせて頂いています.
結局,実の母でなくても愛を感じられるのが大事なんだと思います.親子関係・会社での人間関係・夫婦関係...どれも愛を感じ感謝する関係が良い状況なんでしょうね.
養 母様の言葉は思わずハッとさせられました.忙しく生活しているなかで,何気なく咲いている花を美しいと感じれなくなっている自分に気付かされました.何気 ない花が咲いていることに感謝し,それをゆっくり美しいと感じれる自分はいろんな人のお陰で今があるのだと気付かせてくれます.
強い自己を保とうとして,愛を感じ感謝する心を忘れがちになっている自分に響きました.今の世の中,強い自己を持たないと前に進めませんが,人に感謝(愛)することを忘れると動物(自分のことしか考えない)と同じですよね.....自嘲を込めて..

■Re: Kさん コメントありがとうございます

そうですよね.完璧なのは神様のみ,完璧じゃないから人間で,ずーっと神様みたいな完璧な人間になろうと努力・学習していくのが人生ですよね.
人間は,生まれながらにして罪人である(?)とかいうキリスト教の教え(?)って良く言ったものですね....ちなみに僕はキリスト教徒ではありません...興味はあっても嫁さんに反対されてます.(笑い)
それではおやすみなさい.これからもBlog楽しみにしております.

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認知療法

今日のBlogのタイトルを見てびっくりしてしまいました.記事に取り上げてもらえるとは思っていませんでしたので..まず,覚えていて頂いた上に記事に取り上げて頂いてありがとうございます.

ただ,平石さんの場合は変えられるものと変えられないものの区別はすでにご存知だったようで僕の取り越し苦労のようでした.:-)
僕は職業上カウンセリングまがいのことをすることがあり,多くの人が区別が付かずに困っているのを見ています.ついでに頭で解っていても,自分自身も区別が付かなくなることがあり困りますが..:-)

成 功哲学・カウンセリングは,negativeに知覚されがちな世界をpositiveに認識されるように促す作業です.こういった作業を医学の世界で認知 療法と呼び,その一つとして選択理論という方法があります.変えられるもの変えられないものの話に興味があれば,一般向けの本がAmazonなどで検索す ると見つかると思いますので御参照ください.
これからも平石さんのBlogで気付きを促してもらい,幸せを増幅させたいと思っています.
昼休みを過ぎてしまいましたので取り急ぎ失礼します.

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変えられるものと変えられないもの

いつもROMさせて頂いています.この頃のコメントの内容,頭痛の症状などから,だいぶ子育て・仕事いろいろなところから疲れが溜まっておられるように察しますが如何ですか?:-)

自分の周囲の環境で,変えられることと変えられないことの区別がつかなくなり,変えられないことを変えようとしているときにストレスが大きくなります.
変 えられるものは,自分の考え方(物事の捉え方)と行動のみです.自分の感情(喜怒哀楽)は,それに伴って変化するものです.他人は直接変えられないものの 典型で,自分たちは情報(気づき)を提供する以外は何もできません.変えられない他人(子供・妻・同僚・部下etc)を無理に変えようとする時には,大き な問題(喧嘩・口論・戦争)が起こります.無理に変えようとして,多少とも他人が変わることがあるため他人を変えられるという錯覚に陥ります.
平石さんの今面している問題が何か判りませんが,多くの人が壁にぶち当たる時は一般に何か変えられないものを無理に変えようとして夢を持ちにくくなっている時です.

自 分の今ある環境・存在の偶発性に身がすくむことがありますが,それを単なる天文学的な偶然の結果と認識すれば次の一歩に不安が増します.反対に何か大きな 存在(神)による必然だと感じると,守られている気がしてしっかりした次の一歩が刻めます.平石さんの今まで超えてきた大きな困難(山)を考えると,これ から遭遇する困難はどれも小さな山ぐらいと察します.人生という長い旅には必ず一休み・時に回り道があります.一休みは,次のしっかりした一歩を踏み出す には必要かと察します.
僕の勝手な杞憂かもしれませんが,迷いからさらなる自信に満ちた一歩を願い,自嘲を込めて..

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Re: 感謝(7/5のコメント)

感謝

平石さん・Satoさん,コメントに共感していただいてありがとうございます.

先のコメントで本の紹介をしようとして言葉足らずでした.グラッサー博士の選択理論という本です.僕にとって認知療法の中で,選択理論が一番判りやすかったです.

世の中にはいろんな本・いろんな意見があり,無意識のうちに取捨選択して知覚されます.同じ本を読んでも,その時の状況により共感する内容が違います.僕のコメントに共感されたというのは,今何かの問題に直面しその知識・考え方を必要としているときかと察します.先に紹介した本は何でもない時に読むには眠くなるかと思いますが,問題などに直面している際には読み進めるのではないかと思います.

すべての困難は一見大きく大変です.ただそれを構成するひとつひとつの小さな問題は処理しやすいもので,実はたいした問題じゃないことを大きく知覚されているに過ぎないことが多々あります.ヘコたれそうな時には,今まで乗り越えた山を見たり,これを越えた後の幸せを想像したり,たまに休んだりしながら自分の夢(希望・目標)を持ち続けゆっくり確実に進んでいきましょう.

周囲から批判されても,自分の心に正直に正しいことと思うなら構わず進みましょう.人の数だけ価値観があり,それだけ状況の解釈に多様性があり必ず否定的な意見も存在します.何をするにしても,必ず困難と認識される事象が起こります.そこで,人を騙さず感謝しながら,社会・家族のために正しいと思うことをしているという大義名分が自分の中にある場合には,そこで踏ん張りながら進んでいける力が沸きます.一見他人に問題が存在すると思ったことが,変えられない他人を無理に変えようとしていた自分自身にあり,自分をコントロールすることが一番の問題だと認識されるとしめたものです.一番変えやすく,でも一番管理しにくいのが自分自身です.各自に存在する偉大な自分自身をコントロールして,最大限の力を引き出してあげて下さい.Awaken the giant within!! ←アンソニーロビンスの言葉

平石さん・Satoさん・読者の皆さんに感謝しながら,それぞれの更なる人間性の確立・幸せの増幅を願い,特に平石さんの人間性が社会全体を変えていく力になっていくことを願っております.

p.s. 平石さんのBlogの趣旨からすると,僕も実名を公表した方が良いのですが匿名のままにさせてください.今回は作りかけて途中で止まっているブログから初めてのトラックバックを試みます.

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