日本の「臨床研究」と「企業compliance」と「自主規制」の複雑な関係

私はあまり詳しくないが,アメリカでエンロンの不正会計が発覚して企業のcomplianceが問題となり,アメリカの企業(外資)は厳格なcomplianceを求められ,社内のSOPに従うことを求められている.日本の企業もSOX法どうこうで,もうじき同じ状況(?)と思う.

そんな中で,日本の製薬企業は医療用医薬品製造業公正取引協議会の決めた自主規制にも従って活動をしている.この団体の目的は製薬企業の過度な営業活動を防止することで,単なる民間の団体で法的根拠はなく,なんとも日本らしい曖昧なルールで運用されている. あまりの曖昧さゆえに事実上守られているような守られていないような欧米人からすると理解に苦しむ仕組みである.このルールの中に,(1)薬剤を無償で提供することが禁止され,(2)紐つき寄付を原則禁止(特定の市販されている薬剤に限定した寄付を禁止)されている.

この(1)は,無償で薬剤を寄付することは,特定の薬剤の処方を促すような目的で賄賂につながるという前提のようである.ただ癌の治療などで適応外の治療や海外のstudyに加わろうとすると,高価な薬剤の費用負担が問題となる.研究者は企業に無償提供を求め,企業はその薬剤の研究だから提供したいと思っても,業界自主規制のため提供できない.

この(2)は,医師が行う臨床研究(だいたい保険を使いながらやっている)に金銭を提供することは,処方を誘発するincentiveに繋がるというのが前提である.よって特定の薬剤を使った臨床研究に特化して製薬企業から研究者に資金は提供できない...ことになっている.:-) いろんな抜け道を使って業界全体で皆ルールを守っているような守っていないような状況が実際である.そのため研究者の得られる研究資金は欧米に比べると小額である(特定の研究のために資金提供ではなく,寄付ではそこまで大きな額を出せない..この表現でわかる人はわかってもらえるかな:-)).そうして医学の発展に役立っているか役立ってないのかわからないようなレベルの低い臨床研究が乱立される.

この自主規制に違反しても,単なる注意.最悪でも協会から破門されるぐらいのことで,欧米人にはなんで従う必要があるのかと理解してもらえない(日本は法律で曖昧に規定して,自主規制によって曖昧に運用する文化).こんなグレーゾーンのことに,どんどん踏み込んでいく会社が結局有利だったりして,なんとも正直者がバカを見る制度である.そして,外資の会社は,企業complianceの名の元にグレーゾーンへは投資ができなくなっている.その代わり,ルールの明確なところで,benefitのあるところへは思い切った投資をする.

時代の流れは,ルールを明確化して,そのルールに則って経済活動を行うことである.日本の臨床研究は,グレーの自主規制により発展が妨げられている.これだけevidenceが求められる中で,お金もかけられず質の低い臨床研究ばかりできても意味がないように思う.特に日本内資の製薬企業は,日本の臨床研究がglobalでの競争の基礎でもある.今やっと始まった「利益相反」のルール作りに関連して,このわけのわからない自主規制の見直しも必要と思う. これはglobalで生き残れそうな内資大手のタケダ・第一三共・アステラスといったところが先導してやって行かなければならないと感じる.

このままPhase IVのまともなstudyがやりにくい環境では日本医薬産業の前途は暗い.

こんな社会環境を変えることを夢見て,stay foolish, keep going!!

# 立場上,いろいろ曖昧に表現せざるを得ないので文章が普段以上にわかりにくいのはお許しください.:-) はっきり言いますが,最近たまに見る製薬企業の献金に関する偉い先生方のコメントは上記の自主規制による建前論です.:-)

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日本の将来が見られる映画

以前からみたいみたいと思っていたちょっと古い映画をやっと見た.題名は「John Q (ジョン キュー)」.一般の方に知られているかどうかは知らないが,医療従事者の一部には少し(?)話題になった映画である.

心臓移植が必要な小学生を持つ父親が,保険(HMO)がカバーできないということで,治療を受けさせるために犯罪を起こすというストーリーである.

父親として,子供がそれで助かるなら命を差し出す覚悟が出来る感覚に共鳴して,泣いてしまった.

それはさておき,この映画が一部の医療従事者で話題になったのは,アメリカ型の医療の問題点を浮き彫りにしているからである.日本を含めた一部の先進国を除いては,命の沙汰も金次第という現実が常識である.一般の方々にこの現実を知ってもらって,(1) 医療機関は公共の財産であることの認識 (コンビニ受診的な利用をするものではない)(2) 過酷な労働環境での医療訴訟が医療崩壊を引き起こしている...っということを認識して,いかに次の世代に良い医療を残せるか考えて欲しい.

重い病気を持った患者さんが,募金活動でお金を作って外国へ移植しに行く....善意で成り立つ美しい話である.ただ,同時にその国の人の移植を受ける機会を奪ってお金で臓器を買っているという現実も知って欲しい(もし臓器の足りない日本へ外国人がお金にもの言わせて移植にやってきたらどう感じるだろうか?).

ただ,移植しか助かる道がなければ,私もお金を集めて家族にその治療を受けさせたいと思う.同じお金をかければ,途上国の子供を多く助けられるのがわかっていても...今の我々に必要なことは,長い視野に立って子供の世代のためには何が今できるかを考えることだと思う.臟噐移植で海外に臓器を買いに行かなくて良い状況,日本で移植医療を発展させてしかも医療周辺産業を発達させることである.意味もなく厳しい脳死判定に固執して,移植医療の発展を拒むことは,自分の子供たちを苦しめることである.子供の世代が必要としていることは,我々親の世代の思慮深い行動である.身近に持てる臟噐提供意志表示カードで意志表示ぐらいはしても良いんじゃないだろうか...私は常に全臓器提供を希望したカードを持ち歩いている.人生の最後には子供の世代に役に立って死ねる.

ただ,家族の署名欄は同意が得られず空欄のままである.私が脳死の時には署名してくれると信じているが...いつまで生きられるかわからないからこそ,Let's enjoy our life!!

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病院に医者を集める方法

このところ医療崩壊の現実がやっと一般の人にも少しずつ伝わって来ているように感じる。(とは言っても身近に感じているのはごく一部の人だけだが...)根本的原因を理解してもらえている人はもっともっと少ない...

医療従事者の間では医療訴訟が増えてきた頃(少なくとも4-5年前?)からこのままではやばいという感覚があったように思う.大半の医療従事者は給料に文句言っている訳ではなく,労働環境に対してである.特に献身的に働いているのに,訴訟に曝される不合理である.36時間労働をして懸命に働いて,労働環境は問題にされず,起こったミスのみ取りだたされる.どこかで事故を起こしたバスの運転手さんの場合は,居眠り運転の原因を労働環境が問題だと議論されるのに,医療訴訟の場合はそこまでの議論はされてないようである.
このままではアメリカのように,医者をやっている方が割に合わないと感じて医者を辞めてしまう人が多くなるのではないだろうか...テキサス州かどこかでは州法で医療訴訟を起こせなくして,医者が増えたそうである.
日本でも多くの病院で医師が集まらなくて困っているが,医師個人の医療訴訟の免責・費用免除などを保証すれば少しは集まるのではないかと感じる.
どこかの自治体で試しにやってくれるところに期待...5000万出して医者を雇うよりはコストも効果も効率的と思うが...
それでも根本的な病院の収益環境改善,国民の意識改善・自主健康管理能力改善がなければ崩壊は避けられないが...
要は,高級ホテルに泊まるぐらいのコスト体系(現在は医療保険で無理やり上限を抑えている)に変わり,「念のため入院して様子を見てもらおう」・「市販の風邪薬の変わりに病院に行って薬をもらう」みたいな病院の利用の仕方を辞めることも必要である.
食事つきでホテルより安い値段で入院できて,市販薬買うより安く医療用薬剤が買える環境が当然と思ってはいけない.
# 病院の設備投資はホテルより高い,そこに働いている人は特殊な訓練を受けた人・高等教育を受けた人etcと質・人数共にホテルよりレベルが高い.なのに費用は抑えられている.市場原理を考えたらどうやってもやっていけない...お偉いさん,みんな気付いてよ

思いつくままに愚痴を書いてしまった...:-)

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医療事故無過失保障保険→医療訴訟を減少

私信にてやりとりさせて頂いている方の質問に「医療事故無過失保障制度」がよくわからないということなので,今日はその説明をします.

医療事故は大きく2つに分けて考えます.(1)医療過誤という明らかな人為的なミスによる被害と,(2)どうしようもない災害的な医療過誤以外の医療事故です.

ただこの医療過誤なのかどうかの線引きが難しいのです.明らかにリスクの大きなことをすれば,一定の頻度で期待通りの結果が得られません(投資と一緒ですよね(~_~;)).期待通りの結果が得られなかった場合に,訴訟となります.

現時点でも,既存の医療過誤賠償保険(民間保険)は存在します.ただ,目的は上記の医療過誤を対象としています.人為的に明らかなミスがあるもののみが保障されます.

実際の臨床現場では,医療過誤といっても事故の要素が強いものも多いです.そういった際には,治療費を免除したり見舞金を払って丸く治まるものもあります.ただ,医療従事者・病院・保険会社さんで,誰が費用を持つのかが問題となります.明らかな過誤が存在しない場合は保険会社さんはお金を出しません,しかも医療従事者が勝手に示談したものも出してもらえません(結局裁判の結果待ち).医療従事者も自分に全ての否がなければ払いません(自分の部下などの関与になるとますます難しくなります).病院も特に公立病院の場合はこういったグレーゾーンのお金は捻出できません.結局,患者さんは訴訟を起こして,誰に責任があるのか白黒をはっきりつけるしかなくなります.

患者さんの期待通りに結果が得られなければ訴訟を起こされるかもしれないという恐怖が蔓延り,リスクのある辛い仕事は避けます.コスト削減で人件費も抑制され,残された医療従事者はますます忙しくなり,より過誤を起こしやすくなる.訴訟を起こされないために防御的医療(不必要な検査・治療)が施され,限られた医療資源が浪費される.多忙を極める現場などシステムの問題なのに,不必要に個人の責任のみを追求する医療訴訟が増加し,医療崩壊していく一面です.

そこで,未然に医療訴訟を防ごうと,人為的な問題かどうかは関係なく,起こった医療事故に対して保障する制度が無過失保険です.誰が悪いわけではない事故に保障金を支払い,無用な個人の責任の追及(医療訴訟)を未然に防ごうとする制度です.欧米のどこかの国では実在する制度です.日本でもたびたび導入が叫ばれていますが,結局は財源がなく頓挫している状況です.

患者さんみんなが,医療機関に治療検査に関わるリスク保障を求めれば,必然的に掛け金(医療費)は高くなります.現在の医療訴訟増加は,皆で自分で自分の首を絞めているようなものです.医療崩壊の原因として,むしろ子供・孫の首を絞めているという表現が正しいのかもしれません.(~_~;)

この無過失保障制度は,無用な個人の責任の追及し挙句の果てに医療崩壊を進める医療訴訟を減らすことに大きな意味があります.

僕の構想(妄想)では,医療機関からの申請により一定の費用を保障することにします.申請書には,週当たりの勤務時間,経験年数etc.など記載してもらい,データベースとして医療事故・過誤削減のシステム改善に役立てることもできます.

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夢の医療データベース

今回から僕の実現したいと思っている構想(妄想?)について少しずつ書いていく予定です.

まず現在の医療の問題点は,いろいろ問題があると思いますが国家・地方財政が破綻すれば一緒に破綻するシステムです(病院の赤字を公費で補助しているので).これをある程度代用するものとして,グローバルな製薬業界のお金が入ってくる構造を考えています.医療崩壊の危機感は僕の過去記事も参考頂けると幸いです.

製薬企業さんにとって今の日本の魅力は,薬を消費する市場としての魅力だけであり,薬を開発する魅力はあまりないと考えます(グローバル化で新薬開発は海外に流れる一方と聞きます).そういう意味では,日本の医療市場の縮小が現実となれば多くの外資製薬企業は一緒に撤退していくことになると思われます.

日本が製薬企業に魅力的な新薬・医療機器開発の市場とするにはいろいろ問題がありますが,まずデータベースの整備が必要と思っています.国民個別にトラッキングできるようにデータベースを作り,治験患者の收集,生存率・効果判定などをするためです.日本での收集データは信頼性が置けるものだとできる全国的な基礎情報データベースです.

検査好きの日本人ですが,現在はそのデータは単発的に施行されて蓄積・解析は全くされていないと思います(非常に不効率).人間ドッグなどのデータも含めて蓄積,検査の有効性なども判断できるようにならないと意味がないと感じます.

それに加えて移植意志表示のデータ・リビングウィルのデータも取り込みます.移植医療の促進し,高度先進医療の育成及びその関連薬剤の開発促進することができます.医療資源が不効率に費やされている終末医療の効率化も図れます.

こうして收集されたデータベースは,Webでアクセスできるようにします(Web2.0のようなAPIの公開).そうすることで世界中の研究者が,日本のデータを使って研究をしてくれるようになります.

では,どうやってそのデータベースを構築していくか?また次回に..

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避けられない医療崩壊

医療崩壊と叫ばれて久しいが,財政破綻の話と同じで一般の方にはまだ実感が少ないというのが本音ではないだろうか?

医療者従事者には,現在の医療体制が長くは続かないと感じる人が大半と思われる.

病院の7-8割が赤字に見舞われ,收入は医療費抑制から市場原理から開離した管理下に制限,経費削減のため人員も抑制,そうして起こった医療事故に損害賠償.下記の記事に経営的に厳しい環境の一面が現れている.http://www.hiroshima.med.or.jp/kenisikai/kinmui/2006/1960_022.pdf
こうして熱意だけで働き続けた医療従事者が勤務医を辞めて開業する.開業しても経営的に厳しくうまくいかないケースも多いと聞く.

その医療体制の根幹を支える国家の財政状態は下記の状況である.
http://www.mof.go.jp/zaisei/con_02.html
例示されているように,一般家庭で40万の月収とすれば借金が5200万あり,月収40万から15万を借金の利子の返済にあてて,24万を新たに借金している国()である.医療費30兆円,上記の月収40万に例えれば24万相当の額.この何割かを国が支えるわけだが,こんな自転車操業をしている国(家)に健康は基本だからといって負担増を求めることは難しい.いくら経済活性化して税収が増えても,月収40万(50兆円)が月収60万(75兆円)になるわけではない.現在のもしくはそれ以上の医療費抑制は必然的に続く.

そしてホテルに泊まるより病院に泊まった方が安いような,今までの24時間いつでも受診できる医療体制は崩壊する.医療機器・人件費などホテルの運営よりはるかに経費がかかる.それがこれまでやってこれたのは国・地方自治体が支えてくれていたからである.
進まない移植医療,新薬・最新医療機器の認可の遅さなど,最新の医療から取り残される.治療のためには海外に行くしか道がなくなり,命の沙汰も金次第という時代が来るかも知れない(一部の医療は実際そうなっていると思うが..)

現在の医療システムの持続性は上記の状況でかなり疑問である.加齢・病気でハンディを持った人を支えるには費用がかかる.高齢化を迎える日本の社会で負担は増える一方である.これに公費をつぎ込み続ける国・地方自治体に体力がない.

それに対して製薬業界は非常に大きな産業で体力がある.グローバルに展開する製薬企業は,アメリカ株式市場でも巨大企業である.この莫大な民間市場には莫大なお金が動いている.僕の考える構想は,この新薬開発という市場のグローバルなお金の流れを日本に引き込むことである.国民全体が新薬開発・医療技術の発展に貢献することで,開発に関わるお金が医療基盤整備の一助となり最新治療の恩恵を享受するようなシステムである.その上,医療基盤と最新の医療技術を子供・孫の世代に残すことができる.新薬開発に関連した市場が日本で発展すれば経済活性化にも寄与し,老い(高齢化)が単なる消費(negative)から生(positive)に変わるシステムである.

新薬開発の日本市場だけを見ても以前は7割日本で開発されていたものが,逆に7割がもう海外に流れているそうである.医療費削減に喘ぎながら片手間に新薬開発に協力する医療従事者の状況では,高コスト・遅い・品質が悪い・非英語圏では市場の魅力はなくなる一方である.この危機的状況から回避する方法,それが僕の思い描く構想である.

これを実現するための具体的手段()については,また折を見て書いていきたい.

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私案

常に日頃,医療従事者として自分の子供・孫の世代も今と変わらない医療環境がどうすれば残せるのかと考えている.とあるサイト財務省のアンケートが紹介され,自分の思いを思いつくままに書いて僕の勝手な意見を投稿した.
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医療従事者(医師)の立場として意見です.医療費削減の名の元に人件費・医療費が削られ身体的過重な労働環境にあります.ただ他の産業と同じで,モラルの高さ,責任感の強さなどにより医療レベルは世界水準を保っています.しかし,この状況は医療従事者の善意により保たれており,そこに医療訴訟が増加し,多くの医療者の精神面を蝕んでいるのが実際です.経済観念からすると,利益は限定(保険医療の規定内)で,リスクは無限大(賠償費用)という非常に割の悪い仕事をしています(現在のところ期待値はプラスだと思いますが).一部の医療者はそれに気付き,リスクのある症例を扱う医療現場を離れていきます.残ったものは一段と仕事が肉体的に厳しくなり,医療事故がおきやすくなるという悪循環です.訴訟回避のためのリスク管理費用は,保険医療に規定され転嫁できず,病院の赤字となり病院閉鎖となります.これが今の医療現場の実際で,このまま医療費抑制だけを行うだけでは,医療は萎縮し自分の子供・孫の世代には医療環境は破綻していると思われます.現在,世界有数の医療環境を次世代に残すべく小生の考えるプランは以下の通りです.

1.患者・国民の医学教育を充実し医療機関受診の機会を減らす.

病院に受診する大半は必要無いものです.風邪を点滴で治す,抗生剤を飲まないと治らないというのは一般に信じられた迷信に過ぎません.患者数が減り,治療が本当に必要な患者さんに医療資源を集中できます.

2.専門医より,家庭医を増やす医学教育

小児科医が足りないと言われて久しいですが,小児の病気は小児科医だけで見ることに無理があると思われます.多くの内科医は小児科のトレーニングを受けていないため,小児患者を診ることを敬遠しています.夜間に小児科専門医の診察が必要かどうか判断できる一般医師を養成することが必要です.

専門医偏重により,一人の患者さんを診るのに多くの医師を必要とします.胸が痛ければ呼吸器科・循環器科,頭が痛ければ脳外科という具合です.専門医の受診が必要な例は少なく,一般家庭医を養成し一人の医師で受診がすむように促すことが必要と思います.

3.家庭医システムを確立し,病院を減らし基幹病院へ集約.

拠点となる病院を選定しそこに専門医を充実させる.それにより症例が集約され,世界をリードする先端医療の発展を促す.

過疎地域の切り捨てという批判が出ると思いますが,日本のような狭い国土で集約化ができないはずはないと思います.オーストラリアなどの医療体制(広い国土を持ちながら,医療を集約化し医療レベルを保っている)を参考にできるのではないかと思います.

4.医療費単価の値上げ

必要無い受診を抑制し,受診時の医療内容の充実を図る.

5.医療訴訟に一定の歯止めをかける

現在の医師のリスクがある職場を離れるという流れは,給与内容に対する,リスクの高さ(訴訟)が原因と思われます.給与水準は変えない(人件費の増加を抑制)で,リスクを限定する制度を確立することでやりがいのある職場環境の提供が望まれます.職人の心意気に頼るような現在の医療環境は長く続きません.

6.脳死をめぐる移植医療の充実

現在,倫理的な問題で移植医療は遅れています.国内では厳しい脳死判定を課している割に,高い医療費を払って海外に移植医療を受けにいくことが美談として取り上げられる状況です.現在はそれでも募金活動で集まったお金で渡米できる状況ですが,国家財政が破綻(円安)すれば今の何倍もの医療費負担となり海外へ移植を受けに行くこともできなくなります.

移植医療を発展することにより,移植後の免疫抑制剤などの周辺製薬産業の育成,医療従事者の知的探究心の向上,国民へ先端医療の供給,金に物言わせて海外へ臓器を買いに行っているという批判の回避など,プラス面が多くあります.

以上,医療費の総額を変えずに,内容を変えて医療環境を次世代に残して行く私案です.

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特に移植医療については特に危惧しています.今のどこかの途上国のように,子供や孫の世代がその国に生まれなければ助かる病気なのにという状況にならないように...各自が死について考え,何を持って生きているのか考える必要があるかと思います.ただ2時間毎に体位を変えながら(床ずれ予防),チューブで流動食を入れられ生き長らえていることが本当に意味があるのか? そこに費やされる医療で,次の世代の医療がひっ迫し財政破綻を助長することを,その意識のない老人は望んでいるのか? これは,日頃から死を考えることを避ける風潮を変えて,生と死について考えていないといけません.植物状態になる可能性が高いと言われても,可能性が0%じゃないのならと人工呼吸器に継がれ植物人間が増産されている実情をなんとかしないといけません.これは将来各自に必ず課せられている問題です.

僕には医療以外の環境はわかりません.各自の判る範囲で,次の世代の日本人にどうすれば良い環境を残せるか考えていかないといけないと思います.僕らの子供が,親父の世代の官僚・政治家がこれをした・あれをしたから今悪いんだと後ろ向きなことを言い出したりしないように.....現在,批判ばかりして何をしなかった,何をしただということが問題にされています.挙句の果てに,個人の責任に帰着してしまいます.それを生み出すSystemを改善していこうという流れに変わらないといけません.

現在の日本の財政危機が,官僚が何をした・しなかったという批判をするのは簡単です.まず,空から雨の代わりにロケットが飛んできたり,物を盗まなくても御飯が食べられ,雨風をしのぐ家に住むことができる現在の日本で生まれ育っているのは,世界60億のほんの一握りということに気付かなければと思います.役人・政治家を含めて先人のおかげだと感謝して,これを次世代に引き継ぐにはどうすべきか考えないといけません.

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